「乾隆御墨」

 主に書を蒐集(しゅうしゅう)している古美術コレクターの経営者・皆木。彼はオークション代行を委託している骨董店オーナーの勧めで乾隆御墨(中国清朝乾隆帝時代に皇帝の命で製作された墨のこと)を落札した。皆木は後日、目の肥えた美術仲間を集めてお披露目会を開くのだが、彼らの反応を見て、実は偽物を摑まされたのではないかと一抹の不安を覚える。

 皆木は広告を出稿している「アートワース」の佐保を思い出し、鑑定を依頼する。佐保は京都の私立美術館である洛鷹美術館、河嶋館長に鑑定の協力を求めたのだが……。

 六篇の中でも、胡散臭い人物が最も多く登場する。特に物語後半に登場する、亀岡の寺の住職であり書の名手・伊丹宜眞の個性は、クセになりそうだ。

 崩れかけた寺に長年ひとりで住み、痩せて背が低く全くサイズの合っていない作務衣に身を包み、おそろしいペースで喋りまくる白髪の怪僧。よくこんな強烈なキャラクターを生み出したものだと感心する。ひょっとしてモデルがいるのだろうか? いるなら一度、会ってみたい(いや、やっぱり会いたくないか)。

「栖芳写し」

 夭折(ようせい)した狩野派の絵師で超大物といわれる北川栖芳(きたがわせいほう)の「龍虎図屏風」。それをこちらもまた大物画家である狩野治信(かのうはるのぶ)が模写して屏風に仕立てた品が、とある民家の蔵に保管されていた。

 重文級の値打ちのあるものだと持ち主に知られぬよう、何とか安値で手に入れ儲けを企む連中の魑魅魍魎(ちみもうりょう)ぶりが、たっぷりと描かれる。美術館、大寺院、美術出版社、骨董商、画家、素人……名品が巻き起こす駆け引きは、一体どこに落ち着くのか。

 屏風の鑑定のために大寺院附属の模写室を訪れるシーンなど、技法の細やかな紹介が会話に盛り込まれていて、美術に携わる者にも興味深く視覚に訴えてきて、大いに楽しめた。

「鶯文六花形盒子」

 京都の洛鷹美術館が、殷・周王朝の貴重な青銅器コレクションを、なぜか秘密裡に売却しようとしているという話が、大阪の古美術商の芳賀の元に回ってくる。興味を覚えた芳賀は、実際に洛鷹美術館に出向くが、道中、仲介者から古代銅銭の話を聞く。芳賀は美術館で青銅器の現物を見て、その価値の高さを確信するのだが、案内してくれた美術館の理事から、お土産にとなぜか古銭を渡されて……。

2024.01.01(月)
文=山村 祥(SYOサロン代表、画家)