二大人気ジャンル、美人画と役者絵

月岡芳年「芳流閣両雄動」 明治18(1885)年 メ~テレ(名古屋テレビ放送)蔵 (東京会場2/4~16、ほか名古屋、山口会場展示) (一部:「大きな画像を見る」で全体をご覧いただけます)
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 物語の登場人物たちをヒロイックに描いた武者絵に構図に工夫を凝らした風景画、疫病祓いのお守りのような絵から子どもたちが切り抜き、組み立てて遊んだおもちゃ絵まで、浮世絵のジャンルはとてつもなく幅広いのだが、なんといっても人気があったのは美人画と役者絵だ。「悪所」と呼ばれた遊里と芝居町こそ本当の江戸の華、というわけだ。

 初期の風俗画がそうであったように、浮世絵の美人画も、美貌を磨き、最高の教養を身につけた理想的な美女として、高位の遊女をモデルとして描いた。18世紀後期の美人画はどの店に所属する誰、と遊女の名を入れて描くことが一般的になり、また一方で水茶屋や煎餅屋で働く素人の町娘を描いた「評判娘」シリーズなども人気を得たが、名を挙げておきながら、いずれも女性の顔や体形を本人に似せて描き分けることはせず、時代の好みとしての、理想的な女性像を描くことが優先された。

 ところが役者絵では少し事情が異なる。時代を追って見てみよう。

 たとえば菱川師宣時代の役者絵は、役者というより舞台や芝居小屋全体の活況を描いたものがほとんどだった。だが芝居そのものを楽しんでいるうちに、個々の役者に対する興味が湧いて来るのは世の常。浮世絵はその関心に応え、舞台上の役者をクローズアップした「ブロマイド」的な絵を作り始める。そうした役者絵の草分けである鳥居派が初期に描いた丹絵の市川團十郎は、その素朴さがかえって團十郎の荒々しい演技の魅力を引き立てている。

喜多川歌麿「婦女人相十品 ポッペンを吹く娘」寛政(1789-1801)前期 東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives (東京会場2/4~16、ほか山口会場展示)

 やがて繊細な演技の若衆方、女方の人気が高まってくる頃には、錦絵開発の中心となり、清楚優美な女性像で知られる鈴木春信が活躍。この頃までは、役者絵も美人画同様に典型的な役者像に留まっていた。だが喜多川歌麿や東洲斎写楽らが活躍する浮世絵黄金期の18世紀後期には、より個別の役者そのものを表現した「似顔」の絵が勝川春章らによって描かれはじめる。その表情をもっとよく見たいと、より大きくとらえた「大首絵」を春章の弟子春好が、そして18世紀末には大首絵の手法が美人画に導入され、歌麿によって数々の傑作が生み出されるのである。

 こうして、役者絵のジャンルでは個別の役者自身に似せた絵が求められるようになっていった。ところが現代では浮世絵師の首座に置かれ、高額で作品が取引される東洲斎写楽の大首絵は当時、さほど人気を博すことはなかったようだ。文人の大田南畝が「これは歌舞妓役者の似顔をうつせしが、あまり真を画かんとてあらぬさまにかきなさせし故、長く世に行はれず一両年に而止ム」と記したように、容姿の特徴を、時に欠点さえ誇張して描くことで「あまりに真」に近づき過ぎたその絵は、贔屓の役者を美化したいファン心理にそぐわなかったのである。

左:歌川国政「市川鰕蔵の碓井の荒太郎定光」 寛政8(1796)年 東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives (東京会場2/4~16、ほか山口会場展示) 右:重要文化財 東洲斎写楽「3代目大谷鬼次の江戸兵衛」 寛政6(1794)年 東京国立博物館蔵 Image:TNM Image Archives (東京会場1/15~26、ほか名古屋会場展示)

 他にも歌川国芳による3枚続き画面の大迫力や、幕府の検閲に笑いで対抗しようとしたユーモラスな作品、西欧から輸入された化学染料「ベロ藍」(ベルリン藍/プルシャン・ブルー)が一世を風靡した時期に作られた、浮世絵「青の時代」と呼びたい渓斎英泉の青一色の作品、千葉市美術館「川瀬巴水展」、同時開催「所蔵作品展 渡邊版―新版画の精華」で紹介した山村耕花による新版画の役者絵「梨園の華 13代目守田勘弥のジャン・バルジャン」など、見どころを数え上げればきりがないのだが、あとは会場で、好みのポイントを自由に発見してほしい。

歌川国芳「相馬の古内裏」 弘化2-3(1845-46)年頃 名古屋市博物館(高木繁コレクション)蔵 (東京会場2/18~3/2、ほか名古屋、山口会場展示)
左:溪斎英泉「北国八景之内 うらたんぼ暮雪 玉屋内白玉」 天保(1830-44)前期 名古屋市博物館(尾崎久弥コレクション)蔵 (東京会場1/21~2/16、ほか名古屋、山口会場展示)
右:山村耕花「梨園の華 13代目守田勘弥のジャン・バルジャン」 大正10(1921)年 千葉市美術館蔵 (東京会場2/4~2/16、ほか名古屋、山口会場展示)

国際浮世絵学会創立50周年記念 大浮世絵展
URL http://ukiyo-e2014.com/
会場 江戸東京博物館
会期 2014年1月2日(木)~ 3月2日(日) ※期間中、展示替えの作品あり
休館日 1月27日(月)、2月3日(月)、10日(月)、17日(月)、24日(月)
入場料 一般1300円ほか
問い合わせ先 03-3626-9974(代表)
※名古屋市博物館(3月11日~5月6日)、山口県立美術館(5月16日~7月13日)へ巡回

橋本麻里

橋本麻里 (はしもと まり)
日本美術を主な領域とするライター、エディター。明治学院大学非常勤講師(日本美術史)。近著に幻冬舎新書『日本の国宝100』。共著に『恋する春画』(とんぼの本、新潮社)。

 

Column

橋本麻里の「この美術展を見逃すな!」

古今東西の仏像、茶道具から、油絵、写真、マンガまで。ライターの橋本麻里さんが女子的目線で選んだ必見の美術展を愛情いっぱいで紹介します。 「なるほど、そういうことだったのか!」「面白い!」と行きたくなること請け合いです。

2014.01.25(土)