この一例だけとってみても、台湾と中国の関係は「敵か味方か」といった単純な構図で理解できるものではない。台湾から見た中国との「距離感」はこれまでの歴史のなかで時代によって大きく揺れ動いてきた。本書では、この距離感について論じてみたい。
台湾の「反中」はきわめて複雑な歴史的背景の上に成り立っている。それを万一「親日の裏返し」などと単純化してしまうことがあっては、台湾の人たちに対して大変失礼である。また、せっかく日本社会で高まっている台湾への親近感や敬意が、「反中の裏返し」などというつまらないストーリーの中に落とし込まれてしまっては、非常にもったいない。
もちろん、「中国との距離感」ばかりに注目して台湾を評価するのも、台湾イメージを大きく歪める行為になりかねない。しかし、近年の国際社会では米中対立が深刻化の一途をたどり、台湾海峡をめぐる緊張はにわかに高まっているため、「敵か味方か」という観点で台湾に注目することには大きな意味が生じている。そんな今こそ、そうではない視角からの台湾論も提供できれば、日本社会のよりいっそうの台湾理解に貢献できるのではないか。これが本書執筆の動機であり、狙いである。
台湾にとって「中国」とは何なのか
台湾の中国との距離感について考えることは、「台湾は国なのか」という問いにも直結している。
台湾には台湾という国がある。私たちの多くは普段、特に疑うことなくそう思って暮らしているのではないか。海外旅行を計画するときには「台湾旅行」と「中国旅行」を区別するし、ニュースでは「台湾の蔡英文総統」という言葉が普通に使われる。北京の中華人民共和国政府は台湾を自国の一部だと強く主張しているが、実際にその統治が及んでいるわけではない。
たしかに、現在の台湾は他の国と遜色ない統治機構を備え、非常に安定した秩序を保っている。しかし、日本やアメリカをはじめ国際社会の多くの国々は、台湾を独立した一つの国家と認めていない。加えて、台湾を統治している政府が自称している国号は、実際には「台湾」ではなく「中華民国」である。現在の台湾が一つの国のように見えるのは、戦前は中国大陸にあった中華民国という国が、戦後になって台湾を中心とする島々しか統治しない状態に陥った後、民主化を進めてその身の丈に合った形へと政治体制を転換させた結果なのである。
2023.12.15(金)