中華民国とは、国際社会の多くの国がかつて「中国」と見なしてきた国家にほかならない。日本政府もその例に漏れず、中華人民共和国と国交正常化を果たす一九七二年まで、台湾の中華民国と国交を有していた。現在の台湾は、中華人民共和国による併呑を拒んでいるという意味では明らかに「中国ではない」存在であり、中国大陸と切り離された住民による民主的な政治が行われているという意味でも「中国ではない」存在だ。しかし、いまだに中華民国憲法を維持し、中華民国という国号を冠しているという意味では「中国そのもの」としての側面も残している。また、政治的には長らく分断されているとはいえ、台湾の住民の多くは中国大陸からの移民の子孫であり、台湾は今なお中国大陸とさまざまな面で文化を共有している。

本書の構成

 かくも複雑に入り組んだ台湾と「中国」との関係を解きほぐすことは容易でなく、本書もその任務を全うできる自信はない。しかし、せめてその糸口のいくつかを示すべく、本書は日本とも関わりの深い話題を主に取り上げながら、以下の構成で話を進めたい。

 第一章「多様性を尊重する台湾」では、台湾の自然環境や経済状況をごく大まかに確認したうえで、今日の台湾に住む人びとの民族構成が歴史的にどのように形成されてきたのかをたどる。近年の台湾では、社会の多様性や少数者の権利を尊重する思想が広く共有されており、そのことは日本社会の台湾に対する好印象にもつながっているように見受けられる。では、台湾でなぜそのような考えが重視されているのか、第二次世界大戦後の台湾政治の動きも踏まえて検討したい。

 第二章「一党支配下の政治的抑圧」では、第二次世界大戦後、一九五〇年代から六〇年代を通じて、蔣介石(一八八七- 一九七五)を指導者とする中華民国の国民党政権が、台湾内外の反体制的な政治運動をいかに厳しく弾圧してきたのかを確認する。今日の台湾で行われている民主的な政治は、実は多くの人びとの犠牲の上に成り立っているということを理解するためである。そのうえで、二〇一七年に発売されたパソコンゲーム『返校』が巻き起こした社会現象の分析を通じて、今日の台湾がどのような社会を理想として目指しているのかを考察したい。

2023.12.15(金)