悪いことをした人間が最後に罰を食らって終わり、なんてありきたりな顚末ではなく、それまでの作中の窮地をまるで窮地だと認識しない、怪物じみた存在が突如現れることにもかえってリアリティを感じた。こういう不気味な他者はいる、他者からみた世界はまるで違う、と説得力を持って感じさせる、作者の人間を書く力の確かさがあって成立する、素晴らしいラストシーンだと思う。

 第三話「忘却」は個人的にもっとも好きな話だ。隣人が亡くなる。隣人の郵便物が紛れ込む。どちらもそう珍しいことではない。それこそ指先をちょっと引っ搔く棘程度のできごとだ。忘れたっていい。しかし忘れずに思い続けてしまうことで、辿り着く真実がある。

 軽やかな短い話だが、実は「埋め合わせ」よりも怖いのではないかと思う点がある。この小説の、不正を働く人間への解像度の高さだ。

 ――もったいない。

 ただそれだけだったのだろう、と武雄は思う。その気持ちは、わからないでもなかった。

 きっと、初めは電気工事代をもらっているくらいの気持ちだったのだろうし、その後は――忘れたのではないか。

 不正を働くことは「わからないでもなかった」し、喉元を過ぎればそれすら「忘れたのではないか」。さりげない表現だ。さりげなさ過ぎて、とても怖い。生身の人間のいびつさ、不完全さへの鋭い理解と諦念、そして諦念から来る受容がある。

 第四話「お蔵入り」はこのままの筋立てで映像作品として視聴したいくらい起伏に富んだ、本書でもっともドラマチックな話だ。次々と襲い来る深刻なトラブルに遭遇するたび、少しずつ主人公・大崎の「せめてこれだけは叶ってほしい」という望みがぶれ、目指すべき着地点を見失っていく姿が生々しい。また、物語が動く大きなトリガーとなる事件の描写において、その瞬間になにが起こったのか、主人公が全く知覚をしていないところに作者の技が光っている。人はきっと、もっとも直視したくない自分の姿は認識しないのだ。空白がある。空白が甘い夢を見せ、都合のいい期待を抱かせる。

2023.12.01(金)
文=彩瀬 まる(作家)