そんな堂場がデビュー二十周年という節目の年に出版するべく連載を始めたのが本書『赤の呪縛』だ。

 本の発売にあわせ、文藝春秋のウェブサイト「本の話」にて公開されたインタビューで、堂場は次のように答えている。

「20周年の記念の年の発売に向けて、『オール讀物』で連載をすることになったときに、『父と子の諍い』を書こうという発想がありました。設定は、マフィアの父と、その息子でもいいかな、と考えたのですが、日本を舞台にして書く小説としてはリアリティがない。だとすれば、警察小説でいこう、と」

 マフィアを選ばなかった理由がリアリティという点は実に興味深い。

 小説家としてデビューする前は新聞記者として働いていたためか、取材などに裏打ちされたリアリティのある描写を基本とし、その上で人間ドラマを展開していくところに堂場作品の大きな特徴がある。それは本書でも遺憾なく発揮され、刑事の捜査、火災現場の状況、あるいは捜査で向かった街の情景など、現実の状況を知らない読者に対しても「実際こうなんだろう」と思わせる説得力に溢れた描写となっている。

 中でも、作中に登場する政治家の元側近が起こしたとされるマネーロンダリング事件に関しては、現実の事件が頭をよぎった。現実に政治資金規正法違反で有罪判決を受けた元秘書自身は本書内の展開とは真逆の人生を歩んでいるようではあるが、堂場が小説内で現実を描こうとしている一例ではないかと思う。

 もちろん、本書のすべてが現実に沿っているわけでもない。

 作中に登場する薬物・スヴァルバンは現実には存在せず、物語展開にあうような設定で生み出された架空のドラッグだ。そのような非現実的な要素も堂場の手にかかれば違和感なくリアリティのある物語へと溶け込ませられるのである。

 その一方で、日本におけるマフィアの暗躍が報道されることはほぼなく、フィクションの題材としても読者にあまり共有されていないためか、日本が舞台でマフィアの親子が対立する物語を堂場は選ばなかった。それはそれで読んでみたい気もするが、どこまで非現実を物語に組み込むかという点でベテランならではのバランス感覚を持っているのは確かなのではないだろうか。そして、二十周年作品の物語として本領が発揮できる警察小説というフィールドを選んだことで、政治家の父親と、警察官の息子という対立構造が際立ち、青春小説的な反抗期の物語と、大人の世界=警察小説との融合に成功しているのである。

2023.11.24(金)
文=坂嶋 竜(ミステリ評論家)