だがもちろん、故郷を嫌っているだけでないのも確かなのだろう。

 毎年毎年、年末年始やお盆に帰省ラッシュで渋滞が起きたりするのも、せめて年に数回は故郷へ戻りたいという欲求の表れであるし、おそらく大半のひとは故郷に対して愛情と憎悪という相反する感情を抱いているのではないだろうか。

 そのような感情は滝上亮司も同様らしく、それを象徴しているのが次のように独白するシーンだ。

 携帯は怖いものだな、とふと思った。機種変更で何度替えても、電話帳のデータは引き継がれる。ただ番号交換して、一度も連絡を取ったことのない人間の番号が、いつまでも残ってしまうのだ。別に悪いことではないが、時々、自分が携帯電話によって過去につながっていると実感させられる。

 電話帳のデータ自体を消すのは容易だ。消したい連絡先を選んで削除すればいい。だが滝上はめんどくさいというそぶりをしながらもそれを実行せず、過去との繋がりを断つのをためらっている。実際、故郷で暮らしているかつての知り合いから電話がかかってきたあと、番号を改めて登録していたりもする。彼もまた故郷に対して嫌悪を抱きつつも完全には憎みきれなかったに違いない。そんな彼が刑事としての経験と誇りをかけ、故郷と父親とに戦いを挑む様にぜひ注目して欲しい。

 いくら故郷と縁を切ったつもりで天涯孤独を気取っていても、故郷への愛を捨てきれない滝上の姿は読者からの共感も得られるのではないだろうか。

 それゆえに。

 故郷を愛しつつも、故郷を嫌うすべてのひとに――赤の呪縛から逃れようとしたことのあるすべてのひとに、本書を捧げたい。

赤の呪縛(文春文庫 と 24-23)

定価 924円(税込)
文藝春秋
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2023.11.24(金)
文=坂嶋 竜(ミステリ評論家)