'16年末に棋士として歩み始めた藤井はすべてが規格外だった。いきなりデビューから29連勝の新記録を作り、第1次藤井ブームを巻き起こした。その後も勝ち続け、'20年の夏に棋聖を獲得し、17歳11カ月で史上最年少のタイトルホルダーとなった。すぐさま王位戦で勝利して二冠に。'21年には叡王と竜王を獲得して四冠に輝く。'22年には王将を奪取して五冠に。'23年には棋王と名人を連覇して七冠となった。次々と記録を塗り替え、肩書は増えていった。

 タイトル戦に出るようになってわずか3年ほどなのに、獲得数は早くも17期。17回戦って不敗という事実が、藤井の無敵感をブーストしている。七冠制覇をした羽生ですら、初タイトルの竜王を翌年に奪われたのだ。現在の藤井の対戦相手は各棋戦を勝ち上がってきた勢いのある精鋭ばかり。それでも通算勝率8割3分を誇り、また公式戦で3連敗を喫したことが一度もないのだから、圧倒的という表現を通り越している。

 藤井の対局は常に大きく報じられ、インターネットテレビのABEMAでも必ずと言っていいほど生中継されている。公式戦は持ち時間が同じで、1手ずつ交互に指す。つまり藤井と対戦相手が半分ずつプレーするので、自然と相手にも注目が集まる。最初は藤井がきっかけで将棋を観始めた方が、他の棋士のファンになったという話もよく聞く。藤井ファンであることは変わらないが、他にも好きな棋士(推しと言うらしい)がいるという方は多い。それに藤井は対戦相手を全力で打ち負かそうとしているのだから、その棋士を知ることは藤井をより深く理解することにもつながる。

 将棋界には個性的な棋士が多い。幼少時から一つの物事に打ち込み、人生を懸けてきた者が魅力的でないはずがない。そして将棋は勝負の世界だ。どれだけ自分が能力を高めて最善を尽くしても、相手に少しでも上回られたら負けてしまう。ゲーム性も厳しい。序盤から正着を続けて勝勢になっても、最後の最後に一手間違えただけで負けてしまう。仕事の99%がうまくいっても最後に一つミスをしたら、翌日の日本将棋連盟の対局結果のページにはたった一つ「●」と黒星がつけられておしまいなのだ。この残酷さが棋士の人格や人生観に陰影や深みを与えている。だからこそ彼らの発言や行動はユニークで、しばしば過剰になる。

2023.10.12(木)