『Sports Graphic Number』で'21年1月から始まった連載「令和名棋士案内。」は、毎回一人の棋士にインタビューをし、特性や魅力を紹介しようと試みたものである。それに加筆、修正をして編んだのが本書だ。連載は2年半ほど続いて全部で53回だったが、本書では58人の棋士を取り上げている。連載には登場しなかった藤井聡太、羽生善治、渡辺明、伊藤匠の項は書き下ろしだ。それから冒頭で記した王座戦準決勝の一つ前のベスト8で藤井を追い詰めた(結果は惜敗)村田顕弘も、ラインナップに入っている。こちらは同じく『Number』誌で'23年7月から始まった新連載の「SCORE CARD INTERVIEW」の第1回に登場してもらったので、本書にも特別に収録した。

 連載初期の取材からは2年半以上が経過していることもあり、状況が大きく変貌している棋士もいる。その後の成績に関心がある方もいるだろうから、連載に登場してくれた53人全員に後日談のようなものを追記した。改めてコメントを寄せてくれた棋士も多く、感謝したい。

 本書は藤井聡太を軸に置きながら、タイトルを立てて7つの章に分類しているが、どこから読んでもらっても問題ない構成になっている。「ベテラン」の章の棋士にはタイトル獲得や番勝負経験者、そして藤井聡太とタイトル戦で相まみえた者もいるが(羽生善治だ)、年齢的にここにカテゴライズさせてもらった。本書では行方尚史の「ベテランという言葉で一括りにはされたくない」という発言を紹介しており、思い出して苦笑してしまったが、あくまで目安だ。

 登場する棋士たちは、時に章立てを超えて邂逅し、交錯していく。将棋は相手がいなければ成立しないゲームだ。だから最強棋士の藤井聡太も対戦相手を自然に敬い、礼を尽くしている。藤井一強時代に突入していることは事実だが、それでも棋士たちは日々、自分の剣を磨いている。彼らが決して脇役ではないことは、王座戦で藤井を崖っぷちまで追い込んだ村田顕弘や豊島将之の戦いぶりをご覧になった方はおわかりだろう。本当に紙一重の差なのだ。

 '10年代に入って、棋士と将棋AI(人工知能)が戦うイベントが人気を集めた。当時、「AIが棋士の実力を抜いたら、棋士同士が指す将棋が観られなくなるのではないか」という危惧があった。しかし、それはまったくの筋違いで杞憂だった。人間は、人間が全身全霊で物事に打ち込む姿に惹かれるのだ。その人間が個性豊かであればなおさらである。

 本書を読んで、一人でも多くの棋士に興味を抱いていただければ素直に嬉しく思う。


「まえがき」より

藤井聡太ライバル列伝 読む棋士名鑑 (文春新書 1425)

定価 1,100円(税込)
文藝春秋
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2023.10.12(木)