この記事の連載
- 『言語の本質』より#1
- 『言語の本質』より#2
オノマトペが子どもに教えること
図4-5のような登場人物一人の単純な動きを表す動詞でも簡単ではない。このシーンを見ているときに、「ネケっている」という、オノマトペではない、音と意味の間につながりのない動詞を聞いたとしよう。「ネケっている」とは、<ウサギがしている動き>なのか、<歩いている>なのか、<しこを踏むようにゆっくりのっそり足を交互に踏み出しながら歩く>なのか。その解釈によって、「ネケる」が使える範囲は大きく異なってくる。
実験を見てみよう。3歳くらいの子どもが、図4-5のようなウサギの動作を見ながら「ネケっている」という動詞を教えられる。その後、クマが同じ動作をしている動画と、同じウサギが別の動作である小股で小刻みに進んでいる動画を見せられ、「ネケってるのはどっちのビデオ?」と聞かれると、どちらかわからない。しかし、「ノスノスしている」という実際には存在しないオノマトペ動詞を教えると、クマが同じ動作をしているほうを迷いなく選ぶことができることがわかった。
「ノスノス」には音と意味の対応があるため、どの動作に動詞が対応づけられるべきなのかが直感的にわかるのである。しかも驚いたことに、この効果は日本人の子どもに限らないこともわかった。英語を母語とする3歳児も、日本人の子どもと同じように動詞の学習にてこずり、図4-5のような動きにfeppingのようなオノマトペではない新造動詞を用いると、動作主が変わってしまったときに、やはり新造動詞を同じ動作に対して使えない。英語ではオノマトペは日本語ほど豊富にないし、子どもたちは日本語のオノマトペをまったく知らないのだが、それでもdoingnosu-nosuというと、クマがする同じ動作にこの新奇な動詞を一般化して使うことができた。
すなわち、人物に注目するのか、動き方に注目するのか、移動する方向に注目するのかという曖昧性のある中で、オノマトペの音は子どもに、どの要素に注目すべきかを自然に教えるのである。オノマトペには音と動作の対応があるので、一般化の基準となる意味のコアをつかむ手助けとなるのである。
言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか(中公新書 2756)
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今井むつみ
1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。94年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D.取得。慶応義塾大学環境情報学部教授。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。
秋田喜美
2009年神戸大学大学院文化化学研究科修了。博士(学術)取得。大阪大学大学院言語文化研究科講師を経て、名古屋大学大学院人文学研究家准教授。専門は認知・心理言語学。
2023.10.10(火)
著者=今井むつみ、秋田喜美