この記事の連載
民藝の聖地・島根で笑顔になれる器探し
◆出西窯[出雲・斐川町]

美しいモノづくりの原風景が受け継がれる島根。その理由のひとつが、日々の暮らしで使われる生活道具のなかに健康的な“美”を見出した民藝運動にとって、島根は特別な土地であり続けるから。

柳宗悦、バーナード・リーチらとともに運動を牽引した河井寛次郎は安来の生まれで、彼らは幾度となく島根を訪れては指導にあたった。そして、今も教えを守る作り手が多く活躍し、出雲の農村地帯に窯を開く出西窯もそのひとつである。

終戦から間もない1947年。農村に新しい時代の理想を実現したい、との真っ直ぐな思いを胸にする5人の若者たちによって立ち上げられた出西窯。

「当時、陶芸はまったく未経験だった20歳の若者たちが“夢は必ず叶う”と信じて窯を開きました。民藝の巨匠たちの指導の下、懸命の努力の結果、今の窯があるのです」と話すのは、創設メンバーの一人、多々納弘光さんの長男で、現在、出西窯代表を務める多々納真さん。県内の土をはじめ、郷土の素材を使い、年に4回は6連房の大きな登り窯での窯焚きも行う。

暮らしに寄り添う出西窯の器。今のライフスタイルに合わせた器も生み出され、最近のヒット作が“キャットボウル”。猫を愛する陶工が、猫にとっての食べやすさを追求して完成させた新たな名品だ。

「工房に住むうちの“窯猫”たちもこれを愛用しています。実は工房が休みの日も私が面倒を見にきてまして……。猫のために、まだまだ引退できません(笑)」
“用の美”を備えた器と、それを使う人の笑顔。民藝の歓びがここにあるのだ。

2023.09.18(月)
文=矢野詔次郎
撮影=鈴木七絵、榎本麻美
協力=島根県観光連盟
CREA Traveller 2023 vol.3
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。