「今の店をやる前まで、接客から天ぷらや和食などの調理、そして製粉から手打ちの技術も学びました。後輩などの指導や店の経営も一通り。とにかくすべてやりましたね」と淡々と話す。

 その上で、「自分が持っている今の技術や資本で、どこまで味を追求し高いレベルに持っていけるか試したくなった」というのである。

立ち食いそばくらいの値段で、手軽に手打ちそばを提供したい

 そして、「一方で手打ちそばは高級料理の範疇になっており、そば好きの方が気楽に行ける店が少なくなりつつあるのも事実」と店主は言う。

 そこで「もし、自分でそば屋をやるのなら、立ち食いそばくらいの値段で手軽に手打ちそばを提供できる店をやってみたい」と思うようになったというわけである。

 そうなると、券売機を用意してセルフで提供する今の店のワンオペのスタイルで行くしかないという結論になったという。

 

ワンオペは過酷にみえるが…

 しかし、ワンオペは過酷に見える。YouTubeに「そば切り八代」の営業を追った動画があるのだが、1日18時間は働いているというから驚きである。

 21時の営業終了後から、店内掃除、そして、23時からタネもの(※)の仕込みを開始する。玄そばの殻剥きや製粉をして、ふるいにかけてそば粉を作る。深夜に翌日のそばを打ち、午前3時過ぎにようやく終えて、午前9時にはまた仕込みを開始する。

※そば・うどんにのせる天ぷらなどの具材のこと。あるいはそれらをのせたそば・うどん自体を意味する。

 店のカウンター下に見慣れない「クリーントーミ」という機械が置いてある。訊いてみると玄そばとそばの枝や葉っぱなどを選別する機械だという。手打ちそば屋に置いてあるのを初めてみた。なんでも自分でやってしまわないと気が済まない性分なのだろう。

 そんな過酷そうな仕事も「もう慣れたので苦痛はない。美味いものを作るのに楽はできませんよ」と伊藤店主は言い放つ。

2023.09.05(火)
文=坂崎 仁紀