2杯目は「牛セイロ」、厚切りの牛肉が4枚も

 そこで、もう一度券売機に行き観察してみると「牛セイロ」(1200円)があったのでそれを追加注文することにした。

 すると店主は行平鍋にかけつゆを入れ、そこに斜め切りした長ネギを入れて煮込んでいき、やや大き目な器に入れた厚切りの牛肉4枚に熱いつゆをかけ回して白ごま、三つ葉を散らして完成させる。牛肉に程よく火が入った頃そばが茹で上がり、水にさらして流れるような所作でそばをセイロに盛り付けていく。「牛セイロ」の完成である。

 さっそく登場したつけ汁にそばをつけて食べてみる。牛肉は厚めで火の通り具合が絶妙である。七味やラー油を使って味を変えて食べていく。この濃いつけ汁にそばも負けてはいない。しっかりと主張して一体感すら感じられる。食べ終わってそば湯を入れて終了である。実に素敵な一杯であった。

「そば切り八代」はオープンキッチンなのでカウンターに座れば、店主の動きを見ることができる。これはなかなかよい。店の大きさは違うが神楽坂の「蕎楽亭」もそんな構造だった。

 午後2時となり昼の営業が終了したので、店主と少し話をすることができた。なぜそば店を始めたか、その経緯などを聞くことができたのだが、すごく興味深い内容だったので紹介しようと思う。

 

そばの仕事は生きるための手段

 伊藤店主は横浜市の出身である。「そばは小さい時から身近で好きな食べ物だった」とか。性格はすごく凝り性で、20歳頃からそば屋でバイトする機会が多かったという。

「出前から始まって、機械打ちでそばの製麺も習得するようになった。23歳過ぎて老舗そば屋に就職し、さらに別の仕事を経て30代半ばから本格的にそば打ちの仕事に従事するようになった」という。

 どうしてそばの仕事を選んだかを訊ねたところ、「そばの仕事をすることは生きるための手段だった。とにかくがむしゃらに働いた」と伊藤店主はさらっと言う。

自分で店を始めた理由は

 自分で店をやることになった理由を訊いてみた。するとその回答はなかなか深い内容だった。そば屋は高級なそば粉や食材、機材、そして技術を使えば、それなりの上質な料理が提供できる。老舗のそば店のように大勢の従業員をかかえて、営業するにはそれなりのノウハウが必要で、伊藤店主はそのあたりは十分習得してきたわけである。

2023.09.05(火)
文=坂崎 仁紀