ノンフィクション作家で小説家の沢木耕太郎さんの傑作小説『春に散る』が、このたび映画化、近く公開される。主人公の元ボクサー・広岡仁一(じんいち)を演じるのが、日本映画の重鎮であり、常に新しいことに挑戦し続けている俳優の佐藤浩市さんだ。ダブル主演として名を連ねるのは注目の若手俳優の横浜流星さん。広岡に教えを請い、ともに世界チャンピオンを目指す青年・黒木翔吾を演じる。この二人が出会い、運命を決する試合を迎えるまで、約1年間の物語だ。
「瀬々敬久(ぜぜたかひさ)監督と最初に話したのは、己の背中を見せて、若者よ人生とはこういうものだ――と言うような映画にはしたくないね、ということ。広岡は、翔吾の師匠じゃないし、親でもない。生き方を重ねたとしても、夢を託したわけじゃない。おそらく自分自身からではなく、自分と一緒にいた時間の中から何かを、二度とノックアウトされずに生きていく力を得てほしいと思っていたんじゃないかな」
夢に向かってがむしゃらな翔吾と、彼をじっと見守る広岡。それは近年、ベテランとして若い俳優との共演が増えた佐藤さんの姿にも重なる。
「僕たちが若い頃は、世の中や先輩に対して前のめりで攻撃的で、そういう姿勢こそかっこいいと愚かしくも思っていたけど(笑)、今の人たちは賢いから、そんなことはしない。でも、彼らの中にも熱く滾(たぎ)るものは間違いなくある」
それが最もよく現れたのが、本作の見どころであるボクシングシーンだ。翔吾が臨む3つの試合は、回を重ねるごとにその激しさを増していく。
「もちろん芝居だから、ある程度、動きは決まっているし、勝敗も台本通り。だけど“負けたくない”という彼らの思いは撮影中にもひしひしと伝わってきた。リングに上がった流星、そしてライバル役の窪田正孝や、坂東龍汰(りょうた)も、誰よりも強くありたいと本気で拳を交わしている。だから、本当に凄い、稀有な格闘シーンになったんですよ」
2023.08.27(日)
文=「週刊文春」編集部