一方、広岡は自分の体を蝕む病とひそかに闘っていた。アメリカで暮らしていた彼が40年ぶりに帰国した理由は、仲間たちと日本で穏やかに余生を送るためだったのだ。
「とはいえ広岡が何を考えているのかは、実ははっきりとは描かれません。ほかの人物についても同じ。ただ、今回はそれがよかったんじゃないかな。例えば、広岡と、山口智子さん演じる令子との関係。二人の間には、かつて何か揺らぐ感情があったのかもしれない。でも、互いに言い出せないまま時が過ぎてしまった……と、何の説明もないけどわかる。そこがいいんですよ」
そして、佐藤さんがこだわったのはラスト近くで広岡が見せる、ある表情だという。
「昭和世代は“死に方”にひと方ならぬ思いがあるんです。しかも、そこに悲しみや愚かさが内包されていなければ意味がない。僕は、これまでいろんな死を演じてきたけど――誰だって、死にたくて死んでいくんじゃない。逆に言えば、そうじゃない役はやりたくない。実は一番大切にしていることです。ここに込めた思いを受け取ってほしいですね」
さとうこういち/1960年、東京都生まれ。80年に俳優デビュー後、数々の映画、ドラマに出演。94年『忠臣蔵外伝 四谷怪談』、2016年『64 -ロクヨン- 前編』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞受賞。近年も、話題作に多数出演。今年10月には『愛にイナズマ』の公開も控える。また、21年には歌手としてアルバム『役者唄 60 ALIVE』を発表。10月7日(土)、恵比寿ザ・ガーデンホールにてLIVE開催予定。
INFORMATION
映画『春に散る』
8月25日公開
https://gaga.ne.jp/harunichiru/
2023.08.27(日)
文=「週刊文春」編集部