数々の話題作に出演し、その演技力で必ず存在感を示している松下洸平さん。『合理的にあり得ない〜探偵・上水流涼子の解明〜』では主演の天海祐希さんのバディとしてIQ140で英語が堪能な探偵の助手役を見事に演じ、新たな魅力を放っていた。

 今回は松下さんが生まれた年でもある1987年に初演され、再演を重ねてきた『闇に咲く花』に出演中。映像作品だけでなく、舞台作品でも魅了してくれる松下さんは、これまでどのように演じることと向き合ってきたのだろうか。


演劇人生の原点とも言える『スリル・ミー』

——松下さんは『闇に咲く花』を初演から演出されている栗山民也さんとはご縁が深いと思いますが、ご自身にとって栗山さんとの作品づくりでターニングポイントとなったのはミュージカル『スリル・ミー』ですか?

 まさに『スリル・ミー』がなければ、僕は今、ここにいないんじゃないかな。栗山さんとの出会いそのものが、僕の演劇人生においてすごく重要なものになっていますし、もしも『スリル・ミー』で栗山さんと出会っていなかったら、どうしていたんだろうと思います。

 2011年の初演の時、僕は柿澤勇人と共演しましたが、もう一組は新納慎也さんと田代万里生くんでした。その売れっ子ミュージカル俳優チームに対して、僕らは謎の若手2人(笑)。

 場所は六本木にあったアトリエフォンテーヌという客席が100くらい小さな劇場だったのですが、僕らの公演ではなかなか席が埋まらなくって。一方で夜公演の僕らが昼公演の始まる直前に劇場入りをするとき、売れっ子2人の回の当日券を購入するための大行列ができていて羨ましかったです。とはいえ、僕たちは、一生懸命にお芝居をするしかありませんでした。

 そして迎えた打ち上げでは、栗山さんの隣の席に座って「また僕を呼んでください」ってお願いしたんです。今考えたらすごく無理なことを言ったと思いますが、以来、毎年のように呼んでいただけるようになりました。

 “栗山さんともう一度仕事をしたい”と思えたことが、僕にとってのターニングポイントだったと思います。“演劇って、お芝居って、何だろう”という一生かけても答えの出ないような問いに、ぽろっと答えをくださるので、もっと知りたい、もっと教えていただきたいと思いました。栗山さんから教わったことが僕の血となり、肉となっています。

——こまつ座の作品には井上ひさしさん原案の『木の上の軍隊』と『母と暮せば』に出演されていますが、印象に残っていることはありますか?

 『木の上の軍隊』は藤原竜也さんが初演でなさったのを客席で観ていたんですが、まさか自分がやることになるとは思っていませんでしたから、すごい作品だなと思いました。

 栗山さんからは戯曲との向き合い方、傾斜での芝居の仕方などを教わり、全部を必死に取り組んだのを覚えています。この作品をきっかけにして、俳優としてまた一つ成長しなければという気持ちがすごく強かったですし、これはチャンスだと意気込んでいた記憶があります。

 『木の上の軍隊』と『母と暮せば』はほかの作家さんの作品だったことから「いつか井上さんの戯曲を演ろう」と栗山さんがおっしゃってくださっていて、僕も同じ気持ちでした。ですから今回、『闇に咲く花』に出演させていただけることは念願が叶ったという思いです。

“井上さんイズム”が詰まった作品

——『闇に咲く花』にはどのような感想をお持ちですか?

 時代背景は戦後まだ2年なので、戦争の余波みたいなものがまだまだ残っていて、決して裕福ではない未亡人たちが闇市で食料を調達しながら細々と暮らしているという物語です。

 一見、暗いのかなと思っていたら、脚本を読んでいてゲラゲラ笑ってしまうほどコミカルで、登場人物の人たちは明るいんです。何度も井上さんの戯曲は拝見させていただいていますが、一様にして笑顔の絶えない人ばかりで、悲しいことを悲しいままに描かない、まさに象徴的な作品でした。

 熱量があって、その中で一生懸命生きようとする庶民の話として“井上さんイズム”が詰まった作品だと思いましたし、栗山さんがこの作品が一番好きだとおっしゃっていた意味がよくわかりました。

——松下さんはこの作品を体現することで、どんなことを実感できましたか?

 僕が演じる健太郎という青年の言葉は健太郎の言葉であると同時に、井上ひさしさんが世の中に伝えたいメッセージだとも僕は捉えています。

 舞台となっている神社には人々の心にそっと寄り添う花のような存在であってほしいというメッセージが込められていて、小さな幸せを願う場所です。皆がこうありたいと願う気持ちが健太郎の言葉には詰まっていて、僕自身も共感しました。

 神社で生まれ育った健太郎は、悲惨な現状を抱えていた時代に、神社が人々の心に寄り添える場所としてあるべきだということを一貫して訴えているんです。戦後を生きる人々が“こういう風に生きたい”と願っていた魂の叫びみたいなものを感じました。

2023.08.08(火)
文=山下シオン
写真=佐藤亘
スタイリスト=渡邊圭祐
ヘアメイク=赤木悠記