半世紀を超える老舗喫茶店であった
お客さんが途切れたタイミングで、このミラクルな内装について店のお母さんに聞いてみると、「マスターを呼びましょう」と厨房にいた男性に声をかけてくれた。今年で69歳になるマスターの藤原豊さんだ。
「最近まで普通の喫茶店だったんですよ。この喫茶レストラン丘が開店したのは、今から半世紀以上も前の昭和45年(1970年)なんです。そこで私たち夫婦も従業員として修行していましてね。前のオーナー兼マスターから店を引き継いだのが、開店から8年後の1978年でした。店名も変えずにそのままの内装で。当時の写真、ありますよ」
そう言って見せてくれた写真は、ソファも壁の色もブラウンで統一された普通の渋い喫茶店である。今とはまるで違う。それから、いったい何があったのか。
「前のマスターが大家さんとなり、私たちは家賃を払って借りていたんだけど、大家さんは店に相当、思い入れがあって、ちょっとでも私たちが変えると怒るんですよ(笑)。とはいえ、ビルは古く壁は今とは違って断熱材とか入っていないから寒くて。それに壁に打った釘のサビがシミになったり、天井がタバコの煤で黒くなったりね」
アルミテープを貼ってみた
なんとか現状を維持して使っていたのだが、7、8年前、大家さんが養老院に入ることになり、「もう、二人の好きなようにしていいよ」とようやくお許しが出たそうだ。そこで、さっそく業者さんを呼んで相談したら、「全部、張り替えるとけっこう高いよ。それに、もし天井を貼り変えてもまたすぐ剥がれてくるよ」と言われてしまった。そこで藤原さんは、応急処置としてシミの目立つ部分だけでも隠したいと、キッチン用のアルミテープを貼ることにした。
「でもアルミテープって熱を通すんですよ。だからさらに寒くて。それで、100円ショップなんかで売ってる断熱のアルミシートあるでしょう? ほら、床に敷くやつ。あれを壁に貼ったら暖かいんじゃないかって。そしたらほんとに暖かい! これはいいぞと壁や天井と少しずつ面積を増やしていったんです。ちょうどそのころ愛知トリエンナーレが始まって、私も見に行って刺激も受けましてね。美術の勉強をしたことはないけれど、せっかくならと蛍光テープで模様も入れてみたんです」
いったいどうしちゃったの?
シートを緑に変えたり、明るい色のテーブルクロスを敷いたり。気が付けば店の内容は一変した。常連さんたちは、「いったいどうしちゃったの?」と目を丸くしたが、アルミシートの効果は抜群で冬でも暖かく、雰囲気は明るくなった。さらに「日本一、落ち着かない店」との異名がSNSなどで広がり、怖い物みたさか(?)、若いお客さんも遠くからやって来るようになった。
そんなある日のこと、養老院で暮らしていた大家さんから電話があった。久しぶりに喫茶店の様子を見に行きたいと言う。
「青ざめました(笑)。変えていいよ、とは言われたけれど、まさかダークな色の喫茶店が銀色ピカピカに変わっているとは夢にも思わないでしょうから」
戦々恐々として大家さんを迎えると、開口一番、「え~!? こんな店だったかね?」と予想通り驚かれるも、意外なことに「続いてくれて嬉しいわ」と喜んでくれた。そんな大家さんも、今はもう亡くなられて息子さんに代替わりした。
2023.08.14(月)
文・撮影=白石あづさ