では、効率のよい食料とはなんだろうか? 与えた飼料に対する生産物のエネルギー変換効率を示したのが、図3だ。これを見ると、100キロカロリーの餌を与えた場合、牛乳だったら24キロカロリー分が生産できるところ、牛肉だと1・9キロカロリー分しかできないということがわかる。
12分の1以下だ。肉類、特に牛肉の生産というのは、その何倍ものエネルギーを穀物飼料等の形で必要とするものなのだ。生産効率という観点で見ると、タンパク源としての牛乳の優秀さが目を引く。
そういった合理性に加えて、国営企業のもとでの大規模生産や流通の合理化などもあって、牛乳から作られるヨーグルトは社会主義政権のもとで重要な食料と位置付けられ、生産・消費が奨励された。通産省からは飲食店で肉料理を提供しない日を設けて代わりに乳製品や魚を使うよう通達があり、ヨーグルトは健康的な完全栄養食だというプロパガンダとともに、消費が推進されたのだそうだ。
1980年代には、ブルガリアの一人あたりヨーグルト消費量は世界一に。伝統的な食事という顔も持ちつつ、人民食として政治的に強化されていったのだ。ちなみに国旗カラー(白・緑・赤)でブルガリアの代表的な料理とされるショプスカサラダも、この時代に観光資源として政府によって開発されたものなのだそうだ。
なぜ消費量は急減したのか?
ソ連が自国を中心とした社会主義経済圏を築いていたことは、先述の通り。したがって、ソ連を中心としたそのシステムが崩壊することは、ソ連のみならずその周りの国々にも大きな影響を及ぼすことを意味する。ブルガリアもそれらの国の一つだった。
社会主義の時代は国の管理のもと集団農場(コルホーズ)で効率的な酪農が行われていたのが、ソ連の崩壊とともにそれも解体。牛数頭しか持たない小規模酪農家に分散したことで、生産量は一気に落ち込んだ。生乳を供給できなくなったことが、ヨーグルト消費量急減の原因だったのだ。その他、国家が以前のように基本食品に対する価格統制を行えなくなったことなど、複数の政治的要因も関連している。政治が変わると食が変わる。ソ連崩壊後の10年間はとにかく食料が乏しかったと、ブルガリアの人たちは語る。遠い昔の出来事ではなく、私と同じくらいの30歳代の人たちがその時代を経験していて、重たい声で語るのだ。
2023.08.07(月)
文=岡根谷 実里