供給側の事情を見てみよう。世界の生乳はヨーロッパで多く生産されている(図1)。これには乳牛は暑さに弱く、また放牧で飼育する場合には豊富な草地のある土地が向くという事情がある。余談だが、かつてブルガリアは牛乳より羊乳の生産量のほうが多かった。

 羊は、エーゲ海までの大規模な移牧に向いており、また羊肉・羊乳・毛皮・羊毛と、生活に必要なあらゆるものを与えてくれるからだ。しかし、木綿や化学繊維が普及する中で毛皮と羊毛は著しく需要が低下し、羊肉や羊乳もくせがあるため好まれなくなっていった。

 代わって台頭したのが牛。羊よりはるかに搾乳量が多くて安く生産でき、大規模で集約的な酪農に向いていたのだ。酪農が商業的になるにつれて、家畜も変化したといえるだろう。

 そういった変化はありつつも、酪農は依然として土地に馴染んだ重要な産業。冷涼な気候を有したブルガリアは、本当にヨーグルトの国だったのだ。

 

消費を激減させた歴史的出来事

 ところが、歴史を遡ってヨーグルト事情を見てみると、ちょっと違った一面が見えてくる。図2を見ると、ヨーグルト消費量はあるとき一気に減少しているのだ。たった数年で半分以下にまで急減しているのは、「食の多様化」「嗜好の変化」という言葉で片付けるにはあまりに急激すぎる変化だ。いったい何が起こったのだろうか?

 ヒントは、このグラフの年号にある。1991年というのは、世界を大きく変える出来事が起こった年として重要な年である。

 そう、ソビエト連邦の崩壊だ。

 全盛期のソ連は東ヨーロッパの広い地域に勢力を及ばせ、各国に共産党政権を誕生させて自らの経済圏に取り込んでいた。そのソ連が崩壊したことは、周辺の国々の食事を大きく変えることでもあった。

ソ連時代に多く食べられていた理由

 ソ連の時代、ブルガリアも他の東欧諸国と同様に、社会主義に基づく政治が行われていた。現在世界に普及している資本主義というのは、「がんばった人がより豊かになれる」という競争原理が基本だが、社会主義というのは「利益をみんなで分配して平等に豊かになろう」という考え方。その食料政策において重要なことは、「多様な選択肢があって、お金があればいろいろなものが食べられる」ことではなく、「すべての国民が平等に栄養のあるものを食べられる」ことなのだ。効率よくベーシックな栄養を皆に供給することが最重要で、バリエーションやグルメは重視されない。

2023.08.07(月)
文=岡根谷 実里