――で、デビューした、と。
垣根 本当に運が良かったです。
デビュー当時から歴史小説が書きたかった
――それから大評判となった『ワイルド・ソウル』や『ヒートアイランド』シリーズ、『君たちに明日はない』シリーズなどを発表されるわけですが、実はデビュー当時からいつか歴史小説を書きたいと思っていたそうですね。どうして歴史小説だったのですか。
垣根 好きだからです。シンプルにそれだけです。小学生くらいから亡くなった母親の本棚から選んで大人が読む本を読んでいたんですが、その中に歴史の本もありました。いろいろ読む中で、やっぱり「これは小説でしか書けないことを書いている」と思える小説が評価高かったんですよ。
今回同時受賞した永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』も、小説でしかできないことをやっていますよね。僕は、自分の小説にもそういうものを求めているんです。小説でしかできない人物のえぐり方をしたくて、それが一番効果的にできるのがおそらく歴史小説だと感じていました。だって、実在の人物がいるわけですから。
違う言い方をすると、僕が歴史小説を書こうと思った理由は、人間を思いっきり書けるからです。歴史上の偉人でも架空の主人公でもいいですけれど、人間を思いっきり、遠慮なく掘り下げられる。それに現代人って物事の考え方が発達しすぎてあまりにも観念的で、「で、どこがお前の自我なの?」とよく思うんです。そうじゃなくて、もっと人間の生身な感じを切り取って見せたかったんです。
――デビューの頃から、歴史小説を書くための準備をされていたそうですね。
垣根 そうです。ある種のものの考え方の方向性が要るなと思い、最初は言語学のソシュールあたりから入って、構造主義のものをざーっとななめ読みしました。ミシェル・フーコーとかレヴィ=ストロースとか。今の世界においてもたぶんまだ知の最先端のほうにいる思想を持って400年前の戦国時代を照らし出すやり方をしようと思っていました。なんか俺、分かりにくい説明をしてるな(笑)。
2023.08.01(火)
文=瀧井朝世