ラストシーンにはハンスの反骨心の強さがたしかに表れている

――この映画は、いろいろな感情が沸き起こる作品ですよね。ここに描かれるのはハンスにとってはあまりにも悲惨でおぞましい数十年ですが、刑務所での日々のなかにはときにコメディチックな一面もあります。そもそもハンスとヴィクトールの関係は気の合う相棒のようであり、また喧嘩ばかりしているけれど徐々に心が通じ合うラブコメ映画の恋人たちのようでもあります。ラストシーンの捉え方も、見る人によって反応が分かれそうですが、監督自身は、このラストをどのように捉えているのでしょうか。

セバスティアン・マイゼ 人生とはいつも非常に流動的なものです。ヴィクトールとハンスが長い時間かけて築いてきた関係も同じように、あらゆる意味で流動的です。二人の間にあるのが愛情なのか友情なのか、ホモセクシュアリティ(同性愛)なのかヘテロセクシュアリティ(異性愛)なのか、関係はつねに変化し、最後まではっきりと定義されません。でも二人がお互いを深く思いやり、大事に思っているのはたしかなのですから、その関係はやはり「愛」と呼んでいいんじゃないでしょうか。

 ラストシーンを悲劇ととる人もいるでしょうね。何らかの希望を感じる人もいれば、皮肉めいた受け取り方をする人もいるでしょう。人間は、本当にいろんな感情を持っていますから、映画の終わり方もまた、あらゆる感情を伴うようにしたかったんです。

 ひとつ言えるのは、あのラストシーンにはハンスの反骨心の強さがたしかに表れているということです。ハンスは人生で初めて、自由に人生を選択できる状況にある。そこで彼は、まったく予想もしなかったような行為に出るわけです。映画の最初の方で、ハンスが刑務所に入るとき、検査で刑務官にわざわざ自分からお尻の穴を開いて見せつけるシーンがありますよね。あれもまた彼の反骨心の強さの表明なんですよね。

――この映画では、ハンスの人生を描くうえで、彼が誰とどのようにセックスをするか、という描写が欠かせないものになっています。それによって、性行為は人を愛するうえで自然な行為であり、どこで誰とセックスをしようと自由だ、というメッセージが力強く伝わってきました。一方で、セックスシーンを撮影する際には、俳優たちに対して非常にデリケートな注意が必要とされると思います。こうしたシーンの撮影で何か気をつけたことなどはありますか?

セバスティアン・マイゼ 公衆トイレのシーンについて一言付け加えておくと、今こういう場面を見ると、パブリックな場で初対面の相手と関係を持つのは、どこかフェティッシュな欲望に見えるかもしれません。でも当時の同性愛者の人たちにとっては、実際にそこしか出会いの場がなかったわけです。捕まるかもしれないという危険を知りながらも、誰かと親密になりたいとき、唯一出会いの場としてあったのが公衆トイレだった。そのことを忘れてはいけないと思います。

 セックスシーンを撮影するときに気をつけていたのは、それが搾取的な行為にならないようにすることでした。難しいのは、先ほど言ったように、映画作りという行為自体が、さまざまな点で搾取を避けられない行為でもある。でもだからこそ、決してポルノ的にならないよう意識しながら撮っていきました。

 同時に、決してその行為から目を逸らさないことが重要でした。映画とは、人間のもっとも親密な瞬間を分かち合うためにあるものだし、映画作家としてそうした瞬間をこそ捉えなければいけない。もちろんすべての性行為が愛に結びついているわけではないけれど、セックスという行為は、誰かと誰かの心がもっとも親密な瞬間とを表現できる方法です。それは間違いなく、愛の表現方法のひとつなのです。

セバスティアン・マイゼ/Sebastian Meise

1976年、オーストリア生まれ。長編デビュー作「Still Life」(未、11)はサン・セバスティアン国際映画祭でプレミア上映され、数々の映画賞を受賞した。ドキュメンタリー映画「Outing」(未、12)を手がけたあと、長編2作目となる『大いなる自由』を発表。本作は第74回カンヌ国際映画祭ある視点部門審査員賞を受賞し、第94回アカデミー賞国際長編映画賞のオーストリア代表に選出された。

大いなる自由

公開:2023年7月7日(金)Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下ほか全国順次公開
監督・脚本:セバスティアン・マイゼ
共同脚本:トーマス・ライダー
出演:フランツ・ロゴフスキ、ゲオルク・フリードリヒ、アントン・フォン・ルケ、トーマス・プレン ほか
2021年/オーストリア・ドイツ/カラー/116分/1 : 1.85/R15+/原題:Große Freiheit/字幕翻訳:今井祥子/字幕監修:柳原伸洋/配給:Bunkamura/©2021FreibeuterFilm•Rohfilm Productions
https://greatfreedom.jp/

2023.07.06(木)
文=月永理絵