千早 石見の女が3人の夫を持ったという伝承を現地のガイドさんに聞いて、好きな男を3回も看送っていく女の一生を書きたいと思ったんです。銀山を描くならば、間歩を書かなきゃいけない。女が入れないなら、入れるしかないという感じで。

 北方 山師の喜兵衛とウメの人間関係は、ずいぶん苦労しただろうし、工夫もしただろうけど、完璧にうまくいったかどうかも疑問だったね。それでも、よく書いた。特に間歩。どこにでもある暗さではなく、間歩の暗さとして書けているし、水の冷たさや、怖さも。ウメが集団に襲われてバージンを失う時の、恐怖と痛みが同時に来るところは強烈でした。「くそーっ」と思って生きていく、したたかなウメという人間をきちんと書く力量がある。だから、あなたが今後どういうものを書けばいいかというのは分かりません。

 千早 ええっ。

 北方 それは自分で決めるんです。もう少し高みの世界を狙えるだけの実力が充分にあると認められたし、今回自分でも自覚できたと思う。賞をもらうことによってできる自覚がね。だから、次の作品というのはものすごい期待してる。

 千早 怖いな。

 北方 もうあなたは堂々たる作家なんだから、俺に反論して「バカ野郎」とか言ってよ。

 千早 言えない(笑)。昔、小説の駄目なところをダディが指摘してくれた時、私が「でも」と言い返そうとしたら「でも、は作品で聞く」とぴしゃりと仰ったじゃないですか。

 北方 今日は好き勝手に話しているから、横で編集者がハラハラしているけれど、小説の話なんだから自由でいいんだ。自由に語っているうちに何か出てくるんだよ。それが一番本物。「構造(プロツト)はどうやって立てるんですか?」とか聞いたってしょうがない。ウメを書いた時にいろいろ考えたことで、この人が生きていくわけだ。少しずつ少しずつ考えたウメっていうのは変わってきているはずなんだ。この小説の中でウメは生きる。生きるために変わっていくんだ。それは充分に感じたから、もちろん全部設計図通りに書いたと思ってない。生きてる人は作者がどうにもできないようなこともあるんだよ。

2023.07.04(火)