「フェアメン」という概念

 瀧波さんが現在連載中の『わたしたちは無痛恋愛がしたい ~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~』では、主人公・みなみの友人、「婚活マスター」として活動する人気インフルエンサー・うずらちゃんが、結婚して出産後、育児に無関心な夫にワンオペを強いられ、精神的、肉体的重圧に苛まれていく様子が描かれている。

「私自身、少しずつ時代の変化は感じつつも、マンガでフェミニズムを正面から描いていいという認識はあまりなかったんですよね。連載の最初からフェミ要素OKだったのは、Webマンガサイト『&Sofa』という媒体ならではで、もしこれが他の媒体なら、夫が更生したり、真の愛を見つける話になっていたのかも(笑)」

 しかし瀧波さんも当初は、ここまでしっかりDVについて描くつもりではなかったと言う。

「ちょうど周りで立て続けに、『え、よく聞いたらそれ、DVだよね』みたいな話があって。詳しく聞いていくうちに、あ、これは描かなきゃいけない、こういう話を知りたい人もいっぱいいるはずだ、と強く思ったんです。夫が生活に必要なお金を渡してくれなかったり、罵倒されたり、嫌なあだ名で呼ばれたり。それがずっと続くと自尊心が下がって、『私だから仕方ない』みたいになってしまうけど、それってやっぱりおかしいんだよ、身体的な暴力でなくてもDVだよって伝えないとって」

 モラハラという言葉が一般化したことで、これまではよくある夫婦の関係性と思われていたことが、実はハラスメントだったのではと気づくケースが増えている。

「母親がやるのが当たり前だと思ってたり、こういう夫でも仕方ないって思ってたことが、いや、それはおかしいって気づくことも、今の時代に結婚や子育てをするなら大切なプロセス。今はイクメンなんてわざわざ言わないけど、あの言葉が出てきたことで『イクメンじゃない人はちょっと』みたいな空気が世の中にできたのは、大きいと思うんです。だから、たとえば結婚後どちらの姓にするかも最初から話し合える、『フェアメン』みたいな言葉がつくれたらいいですよね。『彼氏のフェアメン度チェック』とか、『フェアメンじゃないってやばい、結婚したくない』みたいな概念ができれば、その後の結婚生活の危機を回避できるんじゃないかって」

大黒柱になるという重圧

 フェアメンと言えば、マンガ家としての瀧波さんを全力でサポートする夫もその一人だ。なのに、真逆のモラハラ夫の実態をリアルに描けるのはなぜなのだろう。

「そういうモラハラ夫みたいなのって、そこら辺にゴロゴロ転がってますから。うちの夫は結婚して私の方の姓に変えてくれたし、私の仕事1本にして自分はサポートに回ったし、本当に今の日本社会の逆を行ってるので、すごく助けられているんですけど、そうでないパートナーを選んでいたら、絶対に今の仕事は続けられていない。夫のおかげで、今の日本がめっちゃ遅れていることがちゃんと見えるっていうのはありますね」

 先ほどのうずらちゃんが夫からDVを受けるエピソードには、夫の視点からのエピソードも続けて描かれている。そこで浮かび上がる彼の行動の根底にある理屈には、思わずはっとさせられる。

「私も自分が一家の大黒柱という立場になったときに、その事実が重くて、やっぱり自分はどこかで『仕事辞めたい』って言って家庭に入れるという選択肢を持っていたことに気づいたんです。男の人はその選択肢がないのが普通だと思うと、「怖!」って。男は一生働かなきゃいけないって刷り込みがあったら、うずらちゃんみたいな軽いノリのインフルエンサーを『女はいいよな』って思うだろうなって。俺は一生働くんだから、せめて結婚相手には自分のことを大事にしてもらいたい。そういう考えに、いや、全然なるなる。やってることはもちろんよくないけど、そこに至る心理は想像だけでもわかる、って思ったんです」

2023.06.25(日)
Text=Yoko Hara
Photographs=Wataru Sato, Ichisei Hiramatsu

CREA 2023年夏号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

母って何?

CREA 2023年夏号

母って何?

定価950円

CREAで10年ぶりの「母」特集。女性たちにとって「母になる」ことがもはや当たり前の選択肢ではなくなった日本の社会状況。政府が少子化対策を謳う一方で、なぜ出生数は減る一方なのか? この10年間で女性たちの意識、社会はどう変わったのか? 「母」となった女性、「母」とならなかった女性がいま考えることは? 徹底的に「母」について考えた一冊です。イモトアヤコさん、コムアイさん、pecoさんなど話題の方たちも登場。