枕が長くなってしまった。具体的に紹介していこう。

 前述したように、物語の主人公は二人で、父親のホーリーと十二歳の娘のルーである。ホーリーは過去を描く挿話集「銃弾」の主人公で、物語の現在はルーの視点から捉えられていく。ルーが様々な人物と交流して、わだかまりが出てくると、それに呼応してホーリーの過去の挿話が提示されて、そのわだかまりが時に解けていく形式である。そのホーリーの物語では後の妻となるリリーとの出会い(これが何とも恰好いい!)、リリーとの結婚生活、ルーの出産、そしてリリーの死、ルーの成長(四歳頃)までが語られる。

 ゆえあって各地を転々としてきたホーリーと娘のルーは、ホーリーの亡き妻の生まれ育った故郷、ニューイングランドの小さな港町オリンパスに腰をすえる決心をする。そこにはリリーの母親のメイベル・リッジが住んでいたが、ホーリーとルーが挨拶にいっても、母方の祖母は父娘に会おうとしなかった。

 それには理由があった。ホーリーの体には被弾による多数の傷痕があり、後ろ暗い仕事のために夜逃げ同然の経験を何度もしてきたからで、メイベルはそれを嫌っていた。しかも娘リリーはホーリーに殺されたとも考えていた。ルーは祖母の話から、母親の死をめぐる秘密があると気付くようになる。それは一体何なのか?

 物語は「ルーが十二歳になったとき、父親のホーリーはわが子に銃の撃ち方を教えた」という文章で始まる。危険と死をはらむ不穏な物語にふさわしい書き出しで、事実、現在と並行してやくざ者のホーリーが被弾にあった過去の章が挿入され、暴力的な人生が描かれていくからだが、しかしそれは最初見えにくい。ルーの青春小説としての輝き、いじめにあったり、仕返したり、初恋、初体験などが、父親や街の住民たちのいざこざをまじえながらゆったりと描かれていくからである。

 おそらく読者のなかには、世界的ベストセラーで、日本でも大いに話題になった湿地の少女の一代記、ディーリア・オーエンズの『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)を想起する人もいるかもしれない。あちらも文芸色豊かなミステリーの傑作で、オーエンズ作品では、父親と兄などに捨てられた孤独な少女が迫害され、貧困にあえぎながら生きていく姿が活写されていた。本書のルーはそれに比べたらまだ大人しいと思うかもしれないが、しかし命懸けのルーの戦いは終盤に用意されていて、生命の危機という点では本書のほうがはるかに強いだろう。

2023.06.05(月)
文=池上 冬樹(文芸評論家)