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 京都嵐山の名所・渡月橋から大堰川(おおいがわ)をさかのぼること約15分。緑深き山肌に建つ「星のや京都」があります。前篇では、船によるドラマティックなアプローチから、斬新なランドスケープと庭、伝統の技を生かした客室が調和する雅な空間、嵐峡の滋味あふれる食事をご紹介します。


渡月橋の賑わいを背に、嵐峡の風景を愛でながら船で往く贅沢

 平安遷都以降、貴族の別荘地として栄えた嵯峨嵐山。その山肌に抱かれるようにして建つ「星のや京都」は、千年にわたる日本の美意識を今に映す、幽玄の宿です。

 ゲストは、観光客で賑わう渡月橋のたもとから専用の船に乗り、大堰川(おおいがわ)をさかのぼります。川上から吹く清涼な風を受けつつ、人けのない嵐峡の奥へと誘われる約15分のクルージングは、日常と非日常を切り替えるプロセス。気づけば外界は彼方へと去り、平安貴族の愛した雅な世界が眼前に広がります。

 川沿いに造られた石の階段を上ると、掃き清められた路地の先から涼しげな響きが。嵐峡の自然と調和する「水の庭」で、おりん、波紋音(はもん)、磬子(きんす)といった仏具をアレンジした楽器による、心洗われる演奏が迎えてくれます。

 フロントに連なる「ライブラリーラウンジ」は、ゲストが読書やお茶を楽しみながらくつろげるパブリック空間。書棚には京都の書店「恵文社一乗寺店」がセレクトした本が並び、コーヒーや宇治茶、ハーブティーを片手に、思い思いの時間を過ごすことができます。お茶を淹れるための急須やポットがきちんと用意されているのも、丁寧な和の文化を尊ぶ宿ならではの心配り。

 「ライブラリーラウンジ」には、窓の外にも特別なスペースがありました。それは、大堰川にせり出すように造られた「空中茶室」。川に面した窓側の一角にある階段をトントントンと上がり、茶室のにじり口を思わせる小さな出入り口から出られるようになっています。

 平安時代の貴族もうっとりと眺めたであろう雅趣に富む景観は、この宿のゲストだけの特権。春は山桜が手に届くほどの距離に咲き誇り、初夏から夏にかけては青もみじと水辺のきらめきが眩しいほど。錦秋の見事さは言うに及ばず、静謐な雪景色も心に染み入る美しさです。

 これからの時季は、野点籠(抹茶と茶道具のセット。貸出可)と、客室に用意されたウェルカムスウィーツを持ち出して、景色を愛でながらゆっくりお茶を味わうのも素敵な過ごしかた。

2023.04.15(土)
文=伊藤由起
撮影=橋本篤