という意味の名言を残している。賛嘆したのか呆れたのか。いっとき寛は将棋盤どころか大きな卓球台まで置いたのだった。
社長がこうなら、当然、社員もその風に染まる。彼らは仕事もしたが遊びもした。或る新入社員(鷲尾洋三)が専務に「出勤時間は九時」と言われて九時に来たら、嘘のようにがらんとしている。
待っていると、前の年に入社した若手が眠い目をこすりこすり出て来たのが十時か十一時、さらに待って編集長格が出そろうのは、ひいき目に見て午後二時だった。
たぶんみんな前の晩、遅くまで飲んでいたのだろう。「怖るべき会社だと思った」(『回想の作家たち』)。その鷲尾の出勤もほどなく十時半になったという。戦前の話ですよ。
かくして菊池寛は英雄ではなく、文藝春秋は四角四面の会社ではない。私はこのたび刊行した『文豪、社長になる』において、こんな創業者と編集者たち、それを支えた作家たちを息を切らして追いかけたが、書きながら、ひとりで笑ってしまうことが何度もあった。
もちろん日中戦争や太平洋戦争に際しては笑えぬ事件も多々あったにしろ(私はそれを包まず書いた)、それでも書き上げたときは何かしみじみとした清涼感が胸に湧いた。
われながら不思議な感慨だった。歴史という古雑誌を一冊読み上げたような、とでもいえようか。「文藝春秋」創刊百周年の記念すべき年に、読者にも共有してもらえたらうれしい。
かどい・よしのぶ
1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2016年に『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、同年咲くやこの花賞(文芸その他部門)を受賞。18年に『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞。著書に『家康、江戸を建てる』『ゆけ、おりょう』『東京、はじまる』『地中の星』『信長、鉄砲で君臨する』『江戸一新』など多数。
2023.03.24(金)
文=門井 慶喜