大名屋敷ばかりでスカスカの江戸を 日本の首都・東京へ“建て直した”男の物語
『東京、はじまる』
「江戸を、東京にする」「東京そのものを建築する」──。
1854年生まれ、日本初の「職業建築家」となった辰野金吾は、いかなる思想のもとで東京のランドマークとなる建築の設計をおこなったのか?
建築家が現場責任者も請け負わざるを得なかった時代ならではの、デタラメなエピソードの数々も面白すぎる。
日本の建築黎明期ゆえの強敵と書いて 親友と呼ぶ人間関係のドラマも圧巻
建築関連のノンフィクションの著作も持つ直木賞作家・門井慶喜が、長篇小説『東京、はじまる』で「日本近代建築の父」と呼ばれる建築家・辰野金吾を主人公に据えた。
明治一六年、イギリス留学から帰国した金吾が一刻も早く現場に立つ、と言い放つ冒頭の場面に彼の性分が詰まっている。〈東京の街づくりは、すでに始まっている。私が一日休めば、その完成は一日おくれるんだ〉。〈日本の近代はこよみの上では十六歳になったわけだが、金吾の目には、眼下の風景は六歳児にすぎない〉。
自信家で先見の明がありすぎる人物は、上から目線の憎たらしい性格として感じられることが多いが、地の文章でのツッコミとフォローが効いているから大丈夫。後世の第三者の視点から見た「やれやれ……」感が、金吾を不器用で愛すべき人物像へと昇華させている。
生涯の功績を網羅的に綴るのではなく、最重要案件を二つだけピックアップする大胆な構成も、書き手の功だ。
まず最初は、鹿鳴館の設計を手がけた師匠がやるはずだったのに、師匠をディスりまくって政府から受注をぶんどった(!)、日本銀行本店。この時は日本という新興国家の存在を世界に知らしめるため、堅牢広壮で威厳に満ちた設計を採用した。
しかし、元号が明治から大正に変わった後に設計・建築された中央停車場(東京駅丸の内駅舎)では、威厳ではなく「美」を重視した。
「江戸」の頃、女性は家に縛られていた。しかし「東京」の世では、女性解放運動も起こり、いわゆる職業婦人たちが働きに出始めた。
赤いレンガに白い石のラインのあの外壁は、街をゆく女性の息吹を取り入れたものだったのだ。
〈彼女らが街の建物をいろどり、街や建物がまた彼女らを粧しこませる。人の外装と街の外装の相互作用。これもたしかに建築家の仕事〉
これから東京駅の赤レンガを見るたびに、家のくびきから脱して街を歩き出した、100年以上前の女性たちの姿を想起することだろう。その様子は、確かに、東京の「はじまり」だったのだと思う。
Column
今月の主人公
最近刊行された話題の小説のなかから、注目すべき主人公にスポットをあて、読みどころを紹介します。
2020.05.18(月)
文=吉田大助