――でも建築する際って、事前に綿密な設計図を書くものですよね。小川さんは小説を書く時、設計図、つまりプロットを立てずに書き始めるそうですが。

小川 そうですね。僕の場合、設計図を書くと、どこかで見たことのある建築になっちゃう気がしていて。適当に柱をポンポンと投げて、刺さったところから始めるんです。「うん、この刺さり方いいな」とか「この柱、要らないな」とか。そうやってある程度、その場の天気とか空気とか自分の調子とかに合わせていくと、だんだん全体像が見えてくる。そういう書き方のほうが、自分としては楽しいです。

“最低限の知識”で書き始めた

――事前にある程度の知識は頭に入れておくんですか。

小川 最低限の知識で書き始めることが多いですね。満洲で言うと、通史みたいなものを4~5冊読んだくらいです。で、中国東北部に取材に行って、書き始めました。大枠だけつかんでおいて、あとは基本的に書いてみてわからないことを調べるほうがやりやすいんです。僕は研究者だったのでその感覚を知っているんですが、文献って、必要な情報を探すのは簡単なんですよ。「なんかないかな」とか「知らないことあったら勉強しないとな」みたいな感じで読み始めると、すごく大変なんですよね。なので4~5冊読んで書き始めたら、すぐにわからないことだらけになって、参考文献がどんどん増えちゃったという感じです。

――雑誌連載を始める際、タイトルを決めますよね。「建築と戦争」だと新書のようなタイトルになってしまうから「建築」を「地図」に、「戦争」を「拳」に替えたわけですよね。「地図」というイメージはすでにあったのですか。

小川 いや、ないです。地図が話に出てくるともまったく思っていませんでした。他にも候補をいろいろ考えて編集3人と話し合ううちに「地図、いいですね」となりました。書き進めながら「地図ってどういうことだろうな」と考える時間がどんどん増えていって、それでこういう話になりました。だから、あの時「地図」ではない言葉を選んでいたら、まったく別の話になっていたかもしれないです。それはそれで、この本よりもっと面白くなったかもしれません。

2023.02.09(木)
文=瀧井 朝世