小川 そうですね。答えがあるものに興味がなくはないですが、僕は答えがないものとか、なかなか一見ではわからないものとかを、ああでもないこうでもないと考えますね。最終的なゴールに正解不正解がない、という問いへの興味が強いです。本格ミステリとかは別として、そういう問いじゃないと文学にならないと思うし。

――文転してからは坂口安吾の研究をされていて、安吾の世界との距離の取り方が好きだとおっしゃっていましたが。

小川 安吾はまず、世の中をフラットに見ているというか、予断を挟まずに見ているんです。人々が言っていることや一般的に常識だと言われていることにも、常にちょっと疑った目を持って見ているところがある。「日本文化私観」などはまさにそういう内容です。わびさびみたいなものって日本の文化の中で本当に価値があるの? みたいな。歴史的な神社仏閣よりドライ・アイスの工場のような、必要なものが必要な位置にある建物に惹かれるけどね、と言っているところとかが好きですね。

――大学院時代にデビューされたわけですが、小説を書いて応募する動機に、人から命令されない、一人でできる仕事がしたかったというのがあったそうですね。今、実現できていますか。

小川 うーん。この世の中には、命令はされていないけれど断れない仕事とかってありますよね。そうした汚い大人のやり方について学んでいます(笑)。

一時休載で「すべてが変わった」

――今は何に取り掛かっているんですか。

小川 書物の検閲官に関する話を書いていて、他にも取り掛かっていることがあって。ちょっとスケジュールの都合とか、今、いろいろごちゃごちゃしています。

――お忙しそうですね。そういえば、『地図と拳』も、連載中に忙しすぎて一時期休載されていましたね。

小川 ああ、あれは結果的に、休載してよかったです。あれですべてが変わりました。前半部分を全部書き直したんです。それでいなくなった登場人物もいるし、がっつり削ったエピソードもあります。本当にもの好きな人は、当時の掲載雑誌を見ると休載前の原稿と今の原稿がどれくらい変わったかがわかります(笑)。恥ずかしいから見ないでほしいですけど。

写真撮影=松本輝一/文藝春秋

2023.02.09(木)
文=瀧井 朝世