豊かな生活の裏にある問題を可視化して考える

――人種問題やジェンダーの問題、環境問題や移民問題なども、資本主義の影響を強く受けているわけですね。

 自分たちは安い洋服やファストフードを買えて便利だからいいといえばそうなのですが、実際に手元に来るまでのプロセスは不可視化されているわけです。そこを可視化していくと、ものすごい搾取や自然破壊の問題が見えてくる。自分がおしゃれだと思って着ているものが、実は死にそうな思いをしている人々の上に成り立っているとしたら、本来おしゃれなんてもう楽しめないですよね。

 そもそもなんで体は1個なのに、こんなにたくさん洋服を買い続けなきゃいけないのかとか、 なんでこんなに食べ放題のようにたくさん食べなきゃいけないのか。それは私たちが資本主義の生み出す商品の力に踊らされているからです。

 もちろん、「低賃金で働いている中でファストファッションを買うことだけが唯一の楽しみ」みたいな暮らしがあることもわかっていますし、給料をあげることも大事です。でも、それでみんながもっとたくさん消費していたら、地球がもたない。だから、同時に、資本主義の大量生産・大量消費から距離をとって、別の価値観を生み出すことも必要なんです。

――本作の中で「夜遅くにコンビニでうまくもないご飯をアルコールで流し込みながらYouTubeやTwitterを見る生活」はおかしいと書かれていましたね。まさしくその通りなのですが、あまりにそれが普通になりすぎていて、その暮らしに疑問を持てない人がすでに多くいると感じました。

 夢を持って自己実現していこうとしている人が減りつつあるように感じます。夢がなく、仕事をすることが自己目的化してしまって、明日働くための燃料としてご飯や酒を流し込んでしまっている。本当はもっと旅行する、趣味を楽しむ、美味しいものを食べるなど豊かな余暇を過ごすことが目的としてあって、そのために仕事があるはずですよね。それなのに、いつの間にか仕事中心の追われる生活となってしまっている。だからますます人間が家畜化していく。その暮らしはあきらかに資本主義に搾取されている状態です。

まずは仕事以外の時間をもっと増やすことから

――私たちは資本主義と距離を取るために何をしたらいいのでしょうか。

 いきなり今までの消費生活をすべて断つのはなかなか難しいですよね。ただ、社会のあり方が根本的にもっと批判されてもいいし、みんなが理想と思う社会をもっと自由に語ってもいいのではないでしょうか。マルクスも、資本主義ではない社会のあり方を必死に考えていた人でした。

 実際に戦後生まれの私たちは、資本主義モデルしか知らないので、そうではない社会をと言われても想像できないのもわかります。でもだからこそ、今の社会とは違うものを考える意識改革が大事です。そしてそのためには、労働時間を短くするのが1番だと思います。残業代をもらって生活を成り立たせてる人もいるので、すぐにみんなができるわけではないのですが……。

 特に日本みたいな社会は、労働時間をひたすら長くすることで人々を思考停止状態に追い込んで、疲れさせ、家事の時間もなくさせ、ひたすら外食をさせ、酒を飲ませ、寝るだけの存在にしている。これだとデモなどの政治活動なんて一切できないのはもちろん、そもそも社会で何が起きているのかも知ることができないでしょう。それが誰にとって都合がいい状態か、考えてみてください。

 そして、必ずしもお金を儲けることだけに頭や体や時間を使うのではなく、そうでない空間やコミュニティ、生活基盤をつくってみるのも手です。ボランティアとか勉強会とか、NPOとか、コミュニティに属することで、仲間を見つけて、そこを足がかりに、自分の生活や社会を変える一歩を踏み出せるといいですよね。

――これまでのお話から、生活弱者とされる人ほど『資本論』が思考の一助になりうると思いました。しかし一方で、『資本論』関係の本がビジネス書の棚に置かれている現状をみると、やはりこの資本主義のシステムの中でうまく立ち回る方法を探るために手に取ろうとする人も多いのではないかと感じます。そこにはまた「分断」が生まれていく。それはどう乗り越えていったらいいのでしょうか。

 ビジネス書の棚にマルクスの本が並ぶようになってるのは、興味深い現象だと思うんですね。それを私はハックだと思っています。資本主義的な流通を使いながら、今の資本主義じゃダメなんですよというメッセージを届けることは重要です。

 ただ、おっしゃる通り、男性と女性、年齢間、あるいは正規非正規などさまざまな分断があります。これを乗り越えるのは、容易なことではありませんが、試行錯誤しなければなりません。

 たとえば気候変動問題。この問題も資本主義を回していくという視点だけから対処すると、先進国が資源を独占してしまったり、一部の企業ばかりが儲かって、労働者が仕事を失うかもしれない。あるいは、女性やマイノリティの問題は先送りにされてしまうかもしれません。気候危機対策も資本主義の延長ではダメで、経済格差、ジェンダー不平等、人種の問題をなくしていく道を考えないといけない。そのために、私たちは、互いの苦しみに耳を傾け、学び合う必要があるのです。みんなが苦しい、疎外されているということをもっとオープンに口にすることから始めましょう。

  もちろん、苦しみの度合いや具体的な問題関心は人それぞれ違うけれども、そのうちの少なからぬ部分がこの競争を強いて、格差を広げ、環境を破壊する資本主義に関係している。だからこそ、『資本論』やその入門書を読むことで、この問題も結局は、資本主義という社会のやり方が原因なんだと気がつくきっかけになってくれたらうれしいです。

斎藤幸平

東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授。ウェズリアン大学卒業、ベルリン自由大学哲学科修士課程・フンボルト大学哲学科博士課程修了。大阪市立大学准教授を経て現職。著書に『人新世の「資本論」』(集英社新書)、『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA)など。

ゼロからの『資本論』 (NHK出版新書 690)

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2023.01.31(火)
文=綿貫大介
撮影=末永裕樹