新型コロナウィルスの大流行に物価高、そして広がり続ける格差。私たちが生きる社会は、多難を極めています。行き詰まりを見せている資本主義の次にくる社会のヒントが、そして今とは別の暮らしを想像する力が、マルクスの『資本論』からもらえるかもしれません。ただ、『資本論』は難解で長大。そこで、マルクス入門書を刊行した、斎藤幸平さんに話を伺いました。


私たちは資本主義社会に苦しめられている

――今、世界的にマルクスへの注目が高まっているように感じます。改めてその理由からお伺いできますか?

 簡単に言うと、「みなさん、今幸せですか?」ということなんです。楽しくてしょうがないのであればよいのですが、仕事が楽しくない、将来が不安だという人も多いのではないでしょうか。あるいはパートナーが全然家事や育児を手伝ってくれなくて不満を言ったら、「どっちの方が稼いでると思ってんだ」と言われているかもしれない。

 でも、そのパートナーの給料も、自分の給料も上がらず、毎月のローン支払いが大変だったり。だから、つみたてNISAやポイ活、格安スマホに乗り換えなど、いろいろやってお金を貯めたり節約したりしてるのに生活はカツカツのままという方も多いと思います。そもそもこんなに我慢して何のために生きているのかと。これらは実は、資本主義の問題とは切り離せないことなのです。

――世界に豊かさをもたらすことを約束していたはずの資本主義が、私たちを苦しめる要因になっていると。

 そうです。マルクスはこの苦しみを「疎外」と呼びました。私たちは楽しく生きるために仕事をしているはずなのに、いつのまにかお金の奴隷になって、仕事をするために生きるような逆転現象が起きてしまっている。そして、『資本論』が今でも重要なのは、このような疎外のない人生を送れる社会を作るためのヒントが詰まっているからなんです。

――現状としては多くの人たちが、長時間労働なのに低賃金であったり、社会保障が削られていたりと息苦しさを感じているように思います。

 格差がこの生きづらさを悪化させます。Instagramを開くと、高級車やブランドの洋服、高級レストランといった、やたらと華やかな生活をしてる人たちがいる。なぜ自分はそうじゃないんだろうと、感じてしまいます。

ただ、そのときに自己責任的なロジックで、なんとか資本主義の中で勝ち組になろうと努力するマインドになりがちです。だからセミナー、節約や投資などにも励むわけですが、日本は、社会を変えるより自分を変えよう、という考えが隆盛している、ある種自己啓発セミナー的社会なんです。

 けれども、真の問題は私たち個人ではなく、儲けや経済成長を優先する今の社会のあり方です。そもそもこんなに頑張って真面目に働いているのに、普通の暮らしもままならない。だからこそ、マルクスの『資本論』に注目が集まっているのだと思います。

――そもそも私たちはなんでこんなに絶えず消費を駆り立てられてしまうのでしょうか。

 金儲けのために大量生産・大量消費を基盤とする資本主義のシステムでは、広告やメディアが消費を煽り、絶えざるモデルチェンジとブームが欲望を喚起します。けれども、他人が持っていないブランドを持つことで自分らしさを保とうとするのは、本来虚しいことなのです。上には上がいるし、新商品もすぐに古くなりますからね。しかも、それが地球を壊している。このおかしさをマルクスは言語化してくれます。それによって私たちはこの終わりなきサイクルから距離をとり、別の生き方を始めるきっかけを得ることができるのです。

コロナ禍で浮き彫りになった格差問題

――新型コロナウイルスの流行も、資本主義に懐疑的になる要因になったと思います。

 お金さえあればなんとでもなると思われていましたが、コロナ禍ではマスクひとつ買えなかった現実をつきつけられました。さらにはコロナ禍が追い風となり資産をますます増やす一握りの超富裕層がいる一方で、命をかけて人々の生活を支えるエッセンシャルワーカーが貧困にあえぐ構図も明らかになりました。

――特に介護や看護などのケア労働は女性が多いですよね。

 資本主義は労働者を働かせて、金儲けをすることを第一目標とします。だから、労働者たちの仕事というのは「生産的」とみなされ、賃金が払われます。一方でそういう労働者たち(主に男性であることが多い)の労働力を維持するためにご飯を作ったり、洗濯をしたり、介護などのケアやメンテナンスをしたりという、伝統的に家庭で女性がやってきた仕事には低い地位しか与えられてこなかった。今では、こうした仕事も労働になっていますが、依然として賃金は低いままです。資本主義が男女差別を利用し、強化しているんです。

 ただ、コロナ禍ではむしろ社会を維持していく上では、今あるものをメンテナンスし、人々の生活を支えるためのケアをすることがいかに大切かが再確認されたとも思っています。これからは資本主義の下で低く評価されてきた自然やケアの重要性をもっと認識して、それをむしろ社会の中心に置く社会へと転換していくべきではないでしょうか。そういう意味では、私たちがこれから目指すべき持続可能な相互扶助のケア型の社会というのは、フェミニズムの視点から多くを学ぶ必要があります。

――私たちの身近な生活のなかで実は考えなくてはいけない、資本主義に関わる問題はなにがありますか?

 わかりやすい例でいうと、ファッションですね。ファストファッションは今や当たり前に市民権を得ていて、多くの人が利用しています。でもその背景には、インドで農薬の健康被害にさらされながら綿花を作ってる子どもたちから始まり、バングラデシュで人権侵害レベルの低賃金強制労働のもと縫製している女性たちがいて、それが日本のファストファッションブランドで長時間労働をしている人たちによって販売されているわけです。私たちが500円でTシャツを買えるということの裏にはものすごい負荷がかかっていて、すでにいろんなところにひずみとして出てきている。

2023.01.31(火)
文=綿貫大介
撮影=末永裕樹