中村歌昇さん、種之助さんご兄弟インタビューの後編は、「新春浅草歌舞伎」第2部で上演中の『傾城反魂香』という演目にスポットを当ててお届けします。


『傾城反魂香』はドラマティックな展開に注目!

 絵師の又平と女房のおとくの物語は、師匠である土佐将監光信の館を訪れるところから始まると【前篇】で記しました。ですが、それはあくまでも夫婦目線でのことで実はその前にある騒動が起こっています。

 それは竹藪に潜んでいる虎をめぐる出来事で、又平の弟弟子である修理之助が絵師ならではの思いもかけない方法で虎を退治してしまうのです。そしてその功績により修理之助は土佐光澄の名と印可の筆を与えられます。又平夫婦が花道から姿を現すのは、その直後のことという設定です。

 又平を演じている中村歌昇さんは「又平とおとくは道すがら村人たちの話を耳にしてそのことを知ってしまう……。その部分は実際には描かれていませんが、この役を演じる上で非常に大切なところだと(中村)吉右衛門のおじさんに教えていただきました」と語ります。

 弟弟子に先を越されてしまったのですから又平のショックは計り知れません。おとくを演じている種之助さんは、その時の心情について次のように補足してくれました。

「絶望感でいっぱいですよね。又平が自分も土佐の苗字を名のりたいと思うのは当然で、おとくは何とかそれをかなえさせたいと願っている。そのためには夫と一緒に沈んでばかりもいられませんから時には空元気も必要です。双蝶会でさせていただいた時(2017年8月)にその匙加減の難しさを実感しました」

“夫婦役”で追求する「播磨屋の芝居」

 そんな経験を経て迎えた浅草公会堂での舞台。ふたりが姿を現すと、思いつめた様子の又平と夫を気遣うおとくの心情が場内にひたひたと浸透し始め、ここに至るまでの時間、空間それぞれの、夫婦の道のりがいかばかりであったかと観る者の想像を膨らませます。

 将監夫妻に対面すると、おとくは内心とは裏腹に饒舌となる。その明るさが状況の切実さを物語る中、おとくは又平にも土佐の苗字をと願い出るのですが、将監が受け入れるはずもなく……。

 名前の持つ重みや師に対する又平の思いに、歌昇さんは自身を重ねます。

「自分の何よりの願いは、播磨屋を名のる者として吉右衛門のおじさんに認めてもらえる役者になりたいということ。でもそれはそう簡単なことではありません。だからこそ憧れや思いは強くなる……。一本気な又平の気持ちはすごくよくわかります。そんな又平にはなくてはならない存在なのがおとくで、このふたりの夫婦愛、信頼関係が後の展開につながるのだと思います」(歌昇さん)

 種之助さんは、吉右衛門さんが主演を勤める舞台でおとくを演じる中村雀右衛門さんに触発されて、この役に憧れを抱くようになったそうです。

「絵のことだけを考えている又平がいて、その又平のことだけを考えているおとくがいる。本当におじさん方が醸し出す雰囲気がとても素敵なんです。そして自分もああいう芝居がしたいと、拝見しながら毎日思っていました」

 それこそがご兄弟が目指す「播磨屋の芝居」。

「又平は一人では生きられない人。おとくがいてこそ! なんです」(歌昇さん)

「歌舞伎に登場する女房の中でもおとくはかなり夫に尽くしている。ただ珍しいのは引いているがゆえに前に出てしまうところ」(種之助さん)

「口下手な夫に代わって出ざるを得ないということでもある。そこにおとく独特の可愛らしさがあって……」(歌昇さん)

「夫を立てるがゆえにそういう生き方になっている」(種之助さん)

「だからこの芝居は又平だけにスポットが当たっているのではない。さらに周囲の人物一人ひとりそれぞれの思いがあって、それぞれのピースがきちんとはまってできる世界が素晴らしいんです」(歌昇さん)

「もしかしたら将監は苗字を許すきっかけをずっと探していたのかもしれない……」(種之助さん)

 ごく自然に言葉をつなぎながら続いていく会話に、夫婦とはまた違った、同じ志を持つ者同士の連帯感が滲みます。

2023.01.19(木)
文=清水まり
写真=深野未季