真の意味での“個の尊重”とは?

 そして、第128回文學界新人賞を受賞した小説『N/A』も、共通する問題を映し出した一作だ。生理が来ることが嫌で、ダイエットを続ける高校2年生のまどか。体重は40キロ弱をキープしており、女子高の中で彼女は「王子っぽい」という理由から「松井様」と呼ばれている。本作は、そんな彼女の日常を周囲の人間との関係を軸に描いていく。

 まどかは、ラベリングされることがないものの周囲の人々=マジョリティとのズレを感じている。「低体重にすることで月経を止める」自分の理解者が欲しくてTwitterを検索するが、同志には出会えない。それどころか保健室に呼び出されてカウンセリングを受けさせられたり、親に心配をかけてしまう。他者から言われる「女の子なんだから」という言葉に対して、「私の身体だ」「ただのまどかとして生きていたい」と思うものの、その想いが完全に理解されることはない。

 また、恋愛感情についても彼女自身恋がなんなのか、恋愛対象も、恋をしたいのかどうかも判然としない。ただ「かけがえのない他人」への憧れはある。かえるくんとがまくんやぐりとぐらがそれにあたり、「重要度のヒエラルキーの中にはいない特別枠で、独占する必要も嫉妬する必要もない。だから、『かけがえのない他人』は恋人とは違う」とまどかは思っているのだが、他者には「かけがえのない他人こそが恋人」と言われてしまう。

 そんなまどかは、教育実習生だったうみちゃんに「私と付き合ったら絶対に面白いから付き合わない?」と誘われて“試験交際”をスタートする。かえるくんとがまくんやぐりとぐらは同性だし、とりあえず試してみたいという想いからだったが、うみちゃんと付き合って3ヶ月になってもまだ何が正解なのかわからない。そんな折、友人から「Twitterに載せられている」ことを教えられる。うみちゃんが「パートナーさんとの記録」として、まどかに無断で発信していたのだ。しかも、SNS用の演出込みで……。

 「ただ、心配なんよ。あっ……当事者が隠していることを非当事者が暴いたり詮索するのはよくないって、LGBTの人の勉強も少ししたから本当はこういうのは正しくないってわかってるんよ」と、配慮に配慮を重ねて、そのうえでまどかに害が及ばないように忠告・進言しようとする友人の言葉が、生々しい。

 物語はそこからさらに踏み込んで、まどかとうみちゃんの衝突や、まどかの誰にも理解されない哀しみがより浮き彫りになっていく。「本当はどんな属性にもふさわしくないのに」「まどかは、何者でもないのに」という孤独は、受け入れられることなく漂うままだ。みんながまどかをもう世界にある“何か”に分類しようとする。そこには悪意はなく、親切心の場合さえある。つまり、糾弾されるべき敵がいない。しかしだからこそ、絶望感も強まる。多様性を体現していこうとする社会で零れ落ちてしまう存在を描いた『N/A』に、我々は何を感じるだろうか。真の意味での“個の尊重”とは? 本作の中に、答えは書かれていない。

2022.12.05(月)
文=SYO