環境保護の一歩に繫がるワン・リトル・シングを
農場や菜園、果樹園のほかに、タイムには「ウォーター・メドウ」と呼ばれる広大な草原があり、スタッフの引率付きでゲストも見学できる。
この草が生い茂るエリアは、一見人の手が入っていないように見えるが、多くの生物を守るために実は注意深く丁寧に管理されている。その根底にあるのは、創設者でオーナーのカリン・ヒバートさんの、自然に対する「共生共存の哲学」だ。
「この世界は小さく、すべてのものがみんな繫がっているんです」と話すカリンさんは、一例としてこの地にやって来る渡り鳥の話を挙げる。
「ウォーター・メドウには、英国鳥類学協会の調査員が毎年やって来て、渡り鳥の数を数え、脚にリングをつける作業をします。そうして鳥たちがどこからどんなふうにやって来るのかを調べるのです」
5年ほど前の春のこと。朝の観察を終えた調査員は5種類もの異なるウォーブラー(ウグイス科の小さな鳥)にリングをつけたことをカリンさんに告げた。
「種類の多さにも驚きましたが、それらがアフリカのサハラ砂漠以南からやってきていること、さらにその翌年、最初にやってきたのが、リングをつけた鳥だったことに、心から感動してしまいました」
体重わずか10グラムのウォーブラーが、水も食物もなにもない地域の上空を何千キロも飛んでコッツウォルズにやってきて、ウォーター・メドウに巣を作り、卵を産むのだという。
「この事実は、私にふたつのことを教えてくれました。ひとつはこの草原を絶対に守らなければいけない、ということ。もうひとつは、ここでの私の行動が、遠く離れたアフリカの生物を保護することに繫がる、ということです」
「共生共存」を掲げつつ、「私たちの菜園では化学肥料や除草剤は基本的に使っていませんが、誤解を恐れずに言えば、私はオーガニックを盲信しているわけではないのです」とカリンさんは話す。
「私も含め父も兄も我が家はサイエンス畑の人間なので、科学的な裏付けを大切に考えます。例えば、ブドウの有機栽培で使われる殺菌剤には銅が含まれていることが多く、実は銅は土壌に蓄積し悪影響を与えます。オーガニックだからといって自然を保護するとは限りませんし、また逆もしかりです」と注意を促す。
囀る小鳥の姿に目を細め、「多様な解決策に対して、オープンマインドでいること、時間をかけて詳細を観察していくことが大切です」とカリンさん。ホテル経営もまた基本はスローライフなのだ。
Thyme(タイム)
所在地 Southrop Manor Estate, Gloucestershire GL7 3NX
電話番号 +44 1367 850174
客室数 31室
料金 1室 400ポンド~(朝食付き)
https://www.thyme.co.uk/
Column
CREA Traveller
文藝春秋が発行するラグジュアリートラベルマガジン「CREA Traveller」の公式サイト。国内外の憧れのデスティネーションの魅力と、ハイクオリティな旅の情報をお届けします。
2022.12.06(火)
文=安田和代(KRess Europe)
撮影=川上 真