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脚本家にとってプロデューサーは一番喜ばせたい人

――役のキャラクター設定はどのように決められていったのでしょうか。

渡辺 実は長澤まさみさんと眞栄田郷敦さんの役は、佐野さんという人の性格や考え方をそのまま役として振り分けた節があるんです。一方で鈴木亮平さんの役は、私の身近にはいない、まったく知らないタイプのキャラクター。ではこの役のイメージはどこから湧いたんだろうと考えると、それは佐野さんがこういうタイプの男性に意外と弱いのではないかと思ったからなんですよね。

佐野 まさに鈴木さんの役は私が過去に騙されたり、のめり込んで痛い目をみた男たちの集合体のような人でびっくりしました(笑)。

渡辺 やはり一番最初にみせるのがプロデューサーなので、そこに焦点が合ってしまうのかもしれないです。坂元裕二さん脚本の「大豆田とわ子と三人の元夫」(2021年放送)も拝見しましたが、私は大豆田とわ子は佐野さんという人にそっくりだと思っているんです。佐野さんという人を吸い取って脚本にしたのではないかと思うほど。

――脚本家にとってプロデューサーはどういう存在なんでしょうか。

渡辺 すごく重要な人ですよね。パートナーでもありますし。これは私以外の脚本家もそうなのかもしれないですが、きっと一番喜ばせたい人ですね。

――プロデューサーがいいと思わなかったら、作品は世に出ませんもんね。

佐野 この世に生み出された脚本の最初の読者になれることは、プロデューサー業の醍醐味のひとつです。いつも泣きながら初稿を読んで、泣くのが収まってからあやさんには電話をしていました。脚本家さんは基本的に書いている時間が長いですよね。私は自由に動き回れるので、できるかぎり脚本家さんが経験できないことを見たり聞いたりして、それを全部余すことなく伝えたいという気持ちがあります。目と耳の代わりになりたいんです。今回はテレビ局が舞台だったので、「こんな上司がいて!」「こんな情報バラエティの現場があって!」などテレビ局あるあるもたくさんお伝えしました。

笑いもラブも人間の業もある社会派エンターテインメント

――今作は「社会派エンターテインメント」と謳われています。冤罪事件がテーマとなっていますが、楽しいノリや笑いの要素もあるということでしょうか。

佐野 そこが新しいところではないかと思っています。

渡辺 そうですね。やはり重たいだけでは観てもらませんから。重たいものを消化する、消化酵素のようなものが現代人はどんどん減っているように感じます。昔のNHKドキュメンタリーなどはとても内容が重かったですよね。タイトルからして太い毛筆で、脅しにかかるような迫力があって。あれを観ていられる消化能力が昔はあったのだと思います。ところが今は、重たいテーマであっても、ライトに表現しないと観てもらえない。それもわかります。自分の人生でみんなずたずたになっているのに、家に帰ってテレビをつけて、さらに重たいものを観る気力はないですよね。あとは単純に私自身も笑いがある方がやっていて楽しいので、面白さは意識しています。

佐野 そうです。ポップで笑いもあるし、ラブもある。お仕事コメディのような要素もありますし。

――とても楽しみです! さらにその一方で、朝ドラ「カーネーション」(2011年放送)や、映画『逆光』(2021年公開)のように人間の業を鋭く描いた部分もあるのではないかと期待しています。

渡辺 私は人を傷つけない表現なんてないんじゃないかと思っています。しかし今、リスクに対して制作側が過敏になり、傷は非常に避けられる風潮があると感じています。今回も私と佐野さんは最後の最後まで議論を重ねていきました。佐野さんはプロデューサーとして作品や役者さんのことを守らなくてはいけない立場にあります。でも私は、今の社会の中で人間の業を肯定したり、受容できる場はエンタメぐらいだと思っています。報道やドキュメンタリーでは無理でも、ドラマや映画ならそれは描ける。人間って、そもそも都合の悪い生き物だと思うんですよ。

 誰しもが欲望を抱いていて、誰しもがいつか自分も社会的に抹殺されるのではないか、批判されるのではないかという恐れを抱きながら生きている。私自身もそうですけど、社会に対して配慮した顔ばかり見せていても、人は幸せになれない気がするんですよね。都合の悪いものも表現として見せていくことが社会のどこかに必要な気がしていて、映画でもドラマでもそれをずっとやってきました。ある程度のリスクがあるとしても、自分が責任を持てるところまではそれはやっていきたいと思っています。

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渡辺あや(わたなべ・あや)

2003年、映画『ジョゼと虎と魚たち』で脚本家デビュー。連続テレビ小説「カーネーション」が話題に。脚本を担当した作品は、映画『メゾン・ド・ヒミコ』『天然コケッコー』『ノーボーイズ,ノークライ』、テレビドラマ「火の魚」「その街のこども」「ロング・グッドバイ」など多数。民放ドラマの脚本を担当するのは、今作が初となる。

カンテレ・フジテレビ系ドラマ
「エルピス—希望、あるいは災い—

毎週月曜日22時放送
初回の放送は10月24日(初回15分拡大)

出演者:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平ほか
脚本:渡辺あや
演出:大根仁ほか

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2022.10.24(月)
文=綿貫大介