――今回の『夜に星を放つ』でも、辛いことがいろいろある昨今、読む人の心が少しでも軽くなってくれたら、という思いがあったそうですね。

 コロナ禍になってから、みんな日中すごく気を張って頑張っているじゃないですか。そういう時に生々しい現実を書いた重い小説を読んですっきりする方もいると思うんですが、自分の場合はそこから少し距離が生まれたんです。それより川端康成や谷崎潤一郎といった昔の文豪の作品を読んで、このヒンヤリしている感じがいいなと思ったりしていました。

 ですから、この本に関しては、寝る前に1話ずつ読んで、ちょっと心が温まったとか、ちょっと涙が浮かんじゃったといった、ふわっとした思いで1日が終えられるものになったらいいな、という思いがあります。

 

息抜きは「美容整形のTikToker」を見ること

――そういえば昨日の記者会見で、コロナ禍になってから息抜きでTikTokや配信などをよく見るようになったとおっしゃっていましたね。どんなものをご覧になるんですか。

 美容整形のTikTokerとか。あと、医療系ドラマがすごく好きなんです。『ER』とか『シカゴ・メッド』とか『賢い医師生活』とか……そうしたものはもう一通り見てしまったので(笑)、最近はまた本をたくさん買っています。

――辛い時に、小説から力をもらったり、背中を押されたことはありますか。

 たくさんあるんですけれど、小説家になる直前に読んだ白石一文さんの『僕のなかの壊れていない部分』は、小説を書かないといけないというか、書いていいんだと思わせてくれた作品ですね。

 あの小説は主人公が母親に見捨てられたことを引きずっているんですよね。後半にその主人公が、自分の人生にとって本質的なことからは決して目をそらすことができない、自分に起こった辛い大事な出来事は絶対に忘れられない、みたいな話をするんです。自分も、母親がいなくなったり子どもを亡くしたりしていますが、誰にでも人生でつらいことはあって、忘れられないことは忘れられないんですよね。そんなことはまるでなかったことにして生きていくのではなくて、傷を傷のまま抱えて生きていっていいんだ、ということを白石さんの小説で教えてもらった気がします。

2022.08.07(日)
文=瀧井朝世