お金のために誰かを愛さなくていいとしたら。愛情や恋愛といったベールで経済格差が権力格差になっている事実を覆い隠さなくていいとしたら。私は、誰をどのように愛するだろう。そんなことを素直に想像出来ないほど、愛や親密さがすっかり商品となった市場に私は慣れきっている。

 そしてきっと、私だけじゃない。周りを見渡せば女性たちは付き合う相手、特に結婚相手には経済力を求めるし、男性たちはモテるために収入や地位が必要だと考えている。もしくは愛を優先するなら、それは貧乏とトレードオフだと自身を納得させている。

 だが、もしも、生活に必要なものは既に持っていて、女性が自分のお金で自分を幸せにすることができ、出産もキャリアの障壁にならないとしたら。あなたは今と同じ相手を愛し、今と同じようなセックスをするだろうか。

 本書は、市場経済の影響が少ない社会、つまり社会主義の政策を顧みて、資本主義が人びとの私生活に与える影響を示す。誠実な関係を持つためには、女性の経済的自立と生産手段の共有が欠かせないとし、社会主義の側面を取り入れることを提案する。著者、クリステン・R・ゴドシーはペンシルベニア大学教授で数々の賞を受賞しているが、本書は「ごく普通の人びと」の生活のために書かれたユニークな一冊だ。

 一見、刺激的なタイトルは、旧東ドイツの女性が西側の女性に比べセックスの満足度が高かったというデータに由来する。自分の金があるなら、金のために男といる必要はない。女性は打算抜きで相手を愛することが出来るし、男性は金にモノを言わせられずベッドでの振る舞いが優しくなる。

 けれど、私たちは既に知っている。性的関係とお金が常に女性の暮らしの中で結びついていることを。ただ、諦めているのだ。資本主義の中で、雇用を賃金を選択肢を奪われて来た女性たちは、心身共に疲れ果て、現状を諦めている。私の友人はこう言った。「恋愛ってね、学歴と収入を持つ特権階級にしか許されてないんだよ」。彼女はブラック企業で働き、心身を病み、現在は専業主婦。夫の許可無しには生理用品も買えない彼女の言葉を、誰が責められるだろう。

2022.07.21(木)
文=石田月美