「アカデミーよ、この『車』を走らせろ (HEY, ACADEMY, DRIVE THIS 'CAR')」
2022年1月、アメリカの大手新聞ロサンゼルス・タイムズの一面を飾った言葉だ。アカデミー賞に対して、濱口竜介監督映画『ドライブ・マイ・カー』を作品賞にノミネートすべきだと猛プッシュする映画批評家ジャスティン・チャンの意見書である。
チャンの願いは、本人の想定を超える規模で成就したかもしれない。『ドライブ・マイ・カー』は、第94回アカデミー賞において作品賞にノミネートされたばかりか、監督、脚色、国際長編映画部門にも候補入りしている。日本映画初の快挙だが、何故、こんなにもアメリカで評価されているのだろうか。
躍進の理由は「コロナ禍との共鳴」か
濱口監督も、疑問を抱いた一人だ。ニューヨーク・タイムズの取材中、躍進の理由を問われた彼は「本当にわからないから、あなたの考えを聞きたい」と返している。米国人記者の回答は、コロナ禍との共鳴であった。いわく、不倫していた妻を亡くした男が多言語演劇を演出していく『ドライブ・マイ・カー』は、同じ空間にいても他者とつながれない人々を描いている。現実でもパンデミック危機により人間関係の喪失を感じている人が多いから、より響いたのではないか、というのが、監督も同意した分析だ。
もちろん、村上春樹の存在も大きい。米国でも村上人気は健在で、原作となった短編集『女のいない男たち』に限っても、バラク・オバマ元大統領や現20歳の人気モデル、カイア・ガーバーなど、広い年代で親しまれている。
米国において、村上作品は「アイデンティティ探求などの普遍的テーマを扱って人生を導いてくれる」といった評価が目立つ。濱口監督の言葉を借りれば「色々なことをくぐり抜けてそれでも生きていこうという感覚が強くある」物語は、内省の機会が増えたコロナ禍には特にピッタリなのだ(参照:「140分に収めるよう堅く言われていたんですが…」上映時間179分、映画『ドライブ・マイ・カー』が“長くなった理由”とは? | 文春オンライン)。
2022.04.01(金)
文=辰巳JUNK