自分らしくあるためにアメリカへ、そして故郷へ

上:「John’s Pizzeria」、下:「Tony’s Barber Shop」。いずれも2016年に撮影。ニューヨーク在住時は、おじいちゃんおばあちゃんが現役で活躍するレトロ可愛い店をシリーズで撮影。
上:「John’s Pizzeria」、下:「Tony’s Barber Shop」。いずれも2016年に撮影。ニューヨーク在住時は、おじいちゃんおばあちゃんが現役で活躍するレトロ可愛い店をシリーズで撮影。

「留学しながらジャーナリストビザを取得。日本人コミュニティの繋がりで仕事が途切れることはありませんでした」

 ニューヨークの松井秀喜、シカゴ滞在中のイチロー、フィギュアスケートの大会……。全米を飛び回って写真を撮った。ニューヨークに単身住まいを移した矢先、思いもよらぬ事が起こる。

みこちゃんの父がアメリカから送ってくれた人形のポポちゃんと。髪型までそっくりで思わずシャッターを切った1枚。
みこちゃんの父がアメリカから送ってくれた人形のポポちゃんと。髪型までそっくりで思わずシャッターを切った1枚。

「妊娠が分かり授かり婚、39歳の高齢出産。大きなお腹を抱えて撮影に行きながら内心は不安だらけ」

 夫のいるデラウェアでの出産を決意したが大きな壁にぶつかった。デラウェアはニューヨークと違って保守的な田舎町。大きなお腹で移動手段もなく、行きたいところへも行けない。彼との仲もどんどん冷え込んでゆき、八方塞がり。

帰国まもない頃のみこちゃん。なんでも口に入れたい時期で、気がついたら公園で遊具の鹿の鼻をぱくり。
帰国まもない頃のみこちゃん。なんでも口に入れたい時期で、気がついたら公園で遊具の鹿の鼻をぱくり。

「何より写真を撮ることができない状況が辛かった。出産してもそれは変わりません。完全なアウェイ。念願のアメリカに来たのに、なんでここにいるんだろう……と」

 悩んだ末に出した結論は日本への里帰り。産後の手伝いで渡米してきた母も背中を押してくれた。

 帰国後、夫とは話し合いを重ねて離婚。現在、故郷の鳥取でシングルマザーとして子育てに奮闘中だが、後悔はしていないという。

娘との鳥取暮らしを写真で切りとりブログにもアップ。背景となる豊かな自然も魅力的だ。近所の海岸で。波に興味津々ながら怖くて遠巻きに様子を見る。
娘との鳥取暮らしを写真で切りとりブログにもアップ。背景となる豊かな自然も魅力的だ。近所の海岸で。波に興味津々ながら怖くて遠巻きに様子を見る。

「帰った当初は浦島太郎状態。20年近く離れていたので友達もいないし仕事の基盤もない。東京に戻りたい! と強烈に思いました。しかし母親目線で地元を見直すと、これほど子育てに良い場所はないと感じます。

 知ってるつもりだった故郷のことも実は知らないことばかり。毎日が発見の連続です。4年かけてようやく良さに気づいてきたのかなと思います」

公園で落ち葉を取ろうと頑張る2歳。
公園で落ち葉を取ろうと頑張る2歳。

 心配していたフォトグラファーとしての仕事も、意外なことに地元の需要を掘り起こせた。

「人生で一番熱心に営業活動したような(笑)。地方は仕事の数も少ないけれどライバルも少ない。じっくり話を聞いて丁寧な仕事をできるのは地方ならではの強み」

 鳥取では新たなチャレンジとして、子ども写真専門の部門も立ち上げた。この春には、そのためのスタジオも開く予定だ。

キャンプで山に出かけ、咲いていた紫陽花を髪飾りに。3歳を過ぎるころから撮影データを何度もチェック。プリンセスみたいに撮ってとリクエストが増えつつある。
キャンプで山に出かけ、咲いていた紫陽花を髪飾りに。3歳を過ぎるころから撮影データを何度もチェック。プリンセスみたいに撮ってとリクエストが増えつつある。

「娘のみこがいるから開けた扉。今からワクワクしています」

 どこにいてもカメラを手放さず全力で人生を楽しむ。山田さんの鳥取ライフがますます楽しみだ。

Their Seeds

先が見えず動けないときも
自分の気持ちに正直になれば
進む道も日々の楽しみも見えてくる。

山田真実(やまだ・まみ)さん
フォトグラファー

1978年生まれ、鳥取県出身。高校時代、植田正治の助手を長年務めた写真家・池本喜巳氏の教室に通い、写真の道へ。大学在学中、若手写真家対象の公募展に入賞し、その縁で文藝春秋に入社。写真部に12年間在籍後、単身渡米。現在は鳥取市在住。企業広告や自治体広報誌、雑誌などで幅広く活動中。

世界を飛び回って撮影!
Chronicle

≪1978年≫
・鳥取県鳥取市に生まれる

≪1998年≫
・フォトグラファーを志し、大阪芸術大学写真学科に入学

≪2001年≫
リクルート主催「写真[人間の街]プロジェクトPart.2」に入賞
​・東京・銀座で個展を開く
​・フォトグラファー見習いとして、株式会社文藝春秋にアルバイト入社

≪2012年≫
第32回日本雑誌写真記者会賞最優秀賞受賞

≪2014年≫
文藝春秋を退社
アメリカ・フィラデルフィアへ渡り、語学を学びながら、写真の仕事もスタート

≪2016年≫
デラウェア、さらにニューヨークに拠点を移し、全米で撮影。その後、結婚し、デラウェアに戻る

≪2017年≫
娘と帰国。鳥取生活スタート!

あたらしい暮らし
楽しい暮らし

2022.04.09(土)
Text=Mutsumi Hidaka
Photographs=Mami Yamada

CREA 2022年春号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

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「CREA」2022年春号の特集は、「あたらしい暮らし 楽しい暮らし」。激動する時代の中“楽しい暮らしの正解”はなくて、きっとそれは百人百様。でも人生100年時代となり、キャリアがマルチステージ化していくと言われる世界を、自分らしく楽しむためには、自分の中に「種」を持っていたい。今すぐじゃなくても、ちょっと先の未来に芽が出るような、小さくても、強い種を――。