莟玉さんが着目した、綱豊のあるせりふ

 頑なな助右衛門に変化が訪れるのは綱豊が切り札を提示した時で、その結果、無言で語らうふたりの様子は息を呑むほどの緊迫感です。切り札というのは綱豊が御台所を通じて近衛関白家から浅野家再興の助力を求められているという事実。そして綱豊はその気になれば将軍にそれを内願できる立場にあるということです。

 江戸城での刃傷事件が起こったのは五代将軍綱吉の治世下、その綱吉に直系の男子がいなかったことから綱豊は次期将軍候補として何かと世間から注目される存在なのです。そのことを疎ましく思う綱豊は政治に無関心を装い気ままに過ごしているように見せていたのですが、実際はそうではなかったのです。

 「綱豊が大知識人で器量の大きな人物であるということは勘解由(=新井白石)との会話からよくわかります。

 あそこで綱豊の本心や赤穂浪士に対する思いをお客様に先に見せておいてから、助右衛門と対面する場面になる。よくできた構成だなあ、つくづくと思います。

 それにしても次期将軍となる綱豊という人物の視点で『忠臣蔵』の世界を客観的に描くという発想、ひとつひとつのせりふの奥深さなどすべてにおいてさすが真山青果先生が書かれた作品だと思います」

 お喜世を演じる上で莟玉さんが着目したせりふに“同い年”の正妻がいる綱豊が若いお喜世に言う「いつまでも町娘のように浮き浮きしてたもれよ」というのがあります。

 「浮き浮きってなんだろう? と考えました。そしてそれはアクションとしての浮き浮きではなく、気持ちの面で鬱々としていない、ということなのだろうと思い至りました。

 『御浜御殿』は『元禄忠臣蔵』という長い物語の一部分なのですが、苦しんでいる男性がたくさん登場する芝居の中で、お喜世はそのコントラストとなる存在という部分があると思います。綱豊としては浮き浮きとおっとりとした女の子がそばにいることで気持ちが救われる部分があるのでしょう」

 お喜世という存在を通して綱豊という主人公の人物が浮かび上がり、綱豊を通して助右衛門やこの物語には登場しない大石内蔵助という人物の思いまでもが見えてきます。

 お家断絶という憂き目に遭い、亡き殿の無念を晴らすために大事件を起こした赤穂浪士の物語は外伝も含め数多く描かれています。

 その中でも独特のアングルでとらえたこの作品は異彩を放ち、奥深く緻密なせりふ劇であると同時に、気品あふれる綱豊の風格を始め色とりどりの衣裳をまとった奥女中たちや詩情豊かな夜桜など目を楽しませてくれる要素もあるのです。

 観れば観るほどその奥行きの深さに気づかされ、識るほどに新たな感動ポイントでに出会える、そんな作品のひとつです。

●莟玉さん 第一部『元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿』お喜世役で出演中!
二月大歌舞伎

期間 2022年2月1日(火)~25日(金)
第一部 午前11時~
第二部 午後2時30分~
第三部 午後6時15分~
※休演 8日(火)、17日(木)
会場 歌舞伎座
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/743

中村莟玉(なかむら・かんぎょく)

1996年生まれ。2004年、中村梅玉に見習いとして入門。2005年、国立劇場にて『御ひいき勧進帳』富樫の小姓で森正琢磨の名で初舞台。2006年、梅玉の部屋子となり、歌舞伎座『沓手鳥孤城落月』の小姓神矢新吾、『関八州繋馬』の里の子竹吉で中村梅丸を名乗る。2019年、梅玉の養子となり、11月歌舞伎座『鬼一法眼三略巻』菊畑の奴虎蔵実は源牛若丸で中村莟玉と改名。梅丸時代の名前に由来する、“まるる”“まるちゃん”という愛称で親しまれている。