エンタテインメント性に優れた展開にわくわくドキドキしたり、音楽や詩情豊かな表現の芸術的センスに魅了されたり、物語の奥深い内容に深く感動したり、身体パフォーマンスとしての表現力に圧倒されたり、そして伝統芸能に宿る日本の風情や日本人の心情に感じ入ったり……。
歌舞伎という演劇が内包する魅力はさまざまな輝きに満ちていて、実に多種多様な作品があります。400年を超える歴史の中で誕生したその数は膨大で、さらに新作が生まれ続けているのですから、最初にどんな舞台にめぐり合うかで歌舞伎の第一印象は大きく異なります。
「いつ、誰がどういう役を演じている、どのような作品」を観るかは重要な要素で、自分の好みやその時の気分にあった舞台を選ぶことは非常に大切です。ですが、限られた情報やごく一般的な演目解説から詳細を読み取れるようになるにはそれなりの年月が必要。そこで皆様の観劇をサポートできるよう、近々に観られる舞台を取り上げその魅力についてさまざまなアプローチでご案内していきたいと思います。
ダイナミックなせりふ劇『元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿』の魅力に迫る
第1回は歌舞伎座「二月大歌舞伎」第一部で上演中の『元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿』です。お喜世役でご出演の中村莟玉さんにお話をうかがい、莟玉さんの実感を交えながら作品の内容に迫ります。
タイトルが示しているようにこの物語は、元禄時代に起こった赤穂浪士による吉良邸討入り事件が題材です。ところが、吉良上野介に江戸城で斬りつけた浅野内匠頭も、討入りのリーダーである大石内蔵助も登場しません。舞台となるのはある大名屋敷で主人公は後に江戸幕府第六代将軍家宣となる徳川綱豊です。
「歌舞伎には何の予備知識がなくても楽しめる作品もたくさんありますが、これに関しては物語の背景となっている事柄が頭に入っていないと今一つわかりにくいかもしれません。ある程度の情報を得てからご覧になったほうがより楽しめると思います」
莟玉さんからアドバイスをいただいたところで、莟玉さんが演じているお喜世という女性目線で作品を見つめることから始めたいと思います。
幕が開くと、そこは後に「御浜御殿」と呼ばれるようになる綱豊の浜屋敷(現在の浜離宮)。奥女中たちは「お浜遊び」と称される年に一度の春のレジャーを楽しんでいるのですが、綱豊の側室であるお喜世は切羽詰まった様子です。それはお喜世のもとに届けられた手紙に起因します。手紙を携えて来た富森助右衛門はお喜世の兄で赤穂浪士、実はお喜世は以前に浅野家へ仕えていたのです。
「江島という女性との会話で明らかになりますが、手紙はお家再興を願う浅野家からで綱豊にその口添えをしてほしいという内容でした。お喜世はお世話になった浅野家に思いを寄せながらも、現在の勤務先での立場を思えばそれは憚られることですから複雑な心境です。さらに大きな問題がもうひとつ。助右衛門が『お浜遊び』を見物したいと言うのです」
そのことを知った綱豊は興味を示し、意外にも助右衛門の願いを聞き入れます。どうやら催し物のゲストとして吉良上野介がまもなく訪れることに理由がありそうな様子です。
「お喜世は吉良が来ることをそこで初めて知り素直に驚きます。ですから、この時点では助右衛門の真意についてはわかってないということになります」
わからないのはこの作品を初めて観る観客も同じです。ですから、お喜世に感情移入しながら成り行きを見つめることで臨場感を味わうことができるのではないでしょうか。
2022.02.12(土)
文=清水まり
撮影=杉山秀樹