大手メディアの多くは権力者側によって支配されている
――トロンタンさんが告発記事を書く『ガゼタ・スポルトゥリロル』紙がスポーツ新聞であるという事実にも驚かされました。日本でも、現在、大手の新聞やテレビのニュース番組の報道力が弱まってきたと言われています。代わりに週刊誌が大きな政治的スクープを連発したり、地方紙の方がより切り込んだ報道をしています。『ガゼタ・スポルトゥリロル』紙がこれほど先鋭的な報道紙となった背景には、やはり大手の報道機関の弱体化があったのでしょうか。
ルーマニアに限らないでしょうが、大手メディアの多くは、いまや権力者側によって事実上支配されています。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックに関しても、ルーマニア政府は助成金という名目でメディア各社に賄賂を渡し、政策ミスを厳しく報道しないよう手回しをしていた事実が発覚しました。
それとルーマニアの大手の報道機関は、政治問題ばかりにフォーカスしてきた結果、調査報道のようなプロフェッショナリズムが失われていったという歴史があります。ですから、医療システムの問題が明らかになったときも、病院の内情やそのシステムについての知識を持つジャーナリストがそもそもいなかった。
そこでスポーツ紙の記者たちが自力で調査報道を始めたわけですが、彼らにとって有利だったのは、「どうせスポーツ新聞だからたいした知識はないだろう」と軽く見られたこと。その間に彼らは必死で医療について勉強し、調査を進めていったのです。
――トロンタンさんたちは、今も政府に迫る報道を続けていらっしゃるんでしょうか。
はい。『ガゼタ・スポルトゥリロル』紙は、その後スイスのリンギエ(Ringier)という大手メディア会社に買われたんですが、おかげでさらに調査報道のチームを増やすことができました。ワクチンをめぐる政府の嘘を告発するなど、新型コロナウイルス感染症によるパンデミック下においても、国家の不正や腐敗を暴露するため精力的に活動を続けています。政府にとっては、目の上のたんこぶ的な存在でしょうね。
映画とは、人生を物語ること
――映画が公開された際、ルーマニアでの反応はどのようなものでしたか。
まず劇場で公開したんですが、2週間経ったところでパンデミックにより映画館が休館してしまいました。でもその2週間で2万5000人が見にきてくれました。ルーマニアでのドキュメンタリー映画の動員数は通常何カ月もかけて5000人〜8000人いればいいほうですから、これはすごい成果です。また公開後は、医療関係の内部告発者の数が爆発的に増えたそうです。それだけ映画に触発された人々が多かったのでしょう。
――ここに映されたルーマニアの現実は、今の日本の政治とジャーナリズムのあり方と奇妙に一致しているように感じました。監督は、この映画が世界中の様々な国で公開されていくことについて、どのようにお考えでしょうか。
映画が最初に映画祭で上映されたのはパンデミックの前の2019年。それでもいろんな国の方々が自分たちの状況と重ね合わせて見てくれました。きっとこの物語が、私たちが日々どこかで感じている恐れを引き出し、自分のこととして理解するきっかけになったのだと思います。
今や市民と国家権力との信頼関係は失われつつあります。自分の命や人生が、実は自分の手でコントロールできないのではないか。「市民を守る」と言いながら政治家たちが裏で何をしているのか、私たちは知っているのか。果たして社会は、私たちを守ってくれるのだろうか。この映画によって、みんなが漠然と抱えていた恐怖感を明確にすることができたのだと思います。逆にいえば、ここから変わるきっかけにもなりうるわけです。
――この作品は、ジャーナリズムの本来あるべき姿を私たちに教えてくれます。一方で、映画の持つ役割はまた別ですよね。監督は、映画の役割とはどのようなものだと思いますか。
おっしゃるように、映画とジャーナリズムとでは、その役割は異なります。ジャーナリズムは完全なる事実を提示する。それに対して映画が見せるのは、世界はこうあれるかもしれないというファンタジーです。かつて人類は炎を囲みながら、いろんな話を語り合いました。人生という冒険について学び、理解し、成長するために物語を紡ぎあった。
同じように、人は映画のなかで他人の人生を追体験しながら、自分を見つめ直し、自分はどんな人間になりたいか、どんなふうに成長すべきかを考えます。映画とは、人生を物語ること。そして映画を見ることは、みんなが集まって同じ物語に耳を傾けていることなのです。
アレクサンダー・ナナウ Alexander Nanau
1979年、ルーマニア生まれのドイツ系ルーマニア人の映画監督。ブカレストの郊外で、親が不在のなか3人きりで暮らす姉弟の姿を追った長編ドキュメンタリー映画『トトとふたりの姉』(14)が、2015年ヨーロッパ映画賞にノミネートされ、日本をはじめとする多くの国で公開された。撮影に14カ月、編集に18カ月をかけた『コレクティブ 国家の嘘』は、ヴェネチア国際映画祭2019のオフィシャルセレクションでプレミア上映され、ルーマニア映画として初めてアカデミー賞にノミネートされた。
映画『コレクティブ 国家の嘘』
公開:2021年10月2日(土)シアター・イメージフォーラム、ヒューマントラスト有楽町ほか
監督・撮影:アレクサンダー・ナナウ
出演:カタリン・トロンタン、カメリア・ロイウ、テディ・ウルスレァヌ、ヴラド・ヴォイクレスクほか
2019年/ルーマニア・ルクセンブルク・ドイツ/ルーマニア語・英語/109分/ビスタ/カラー/5.1ch/原題:Colectiv/英題:COLLECTIVE/配給:トランスフォーマー
公式HP:https://transformer.co.jp/m/colectiv/
公式Twitter:@Colectiv_JP
2021.10.01(金)
文=月永理絵