汚職にまみれた大企業の実態。国民を騙し暴利を貪る政府の姿。それらを次々に暴いていく報道記者と内部告発者たち。そして政府の内側から革命を起こそうと奮闘する新米政治家。ハリウッド映画さながらのスリリングな政治劇を見せてくれるのは、東欧ルーマニアで起きた医療汚職事件の裏側を追ったドキュメンタリー映画『コレクティブ 国家の嘘』。
すべての発端は、2015年10月30日、ルーマニア・ブカレストのライブハウス「コレクティブ」で発生した大規模火災。大勢の死傷者を出したこの事故は、国中に大きな衝撃を与えた。だが事はこれで終わらなかった。一命をとりとめ入院したはずの患者たちが、病院で次々に死を迎えていったのだ。不審に思った新聞記者たちは、彼らが入院した病院の調査を開始。やがて国の医療システムに巣くうおぞましい腐敗が明らかになる。
火災事故後、医療システムへの疑念を抱き始めた映画製作チームは、すでに事件の調査報道を進めていた新聞記者たちに密着。1年以上にわたる撮影のなかで、カメラは勇気ある記者らと共に行動し、国家の不都合な真実を目の当たりにする。
完成した映画は、米国アカデミー賞にノミネートされた他、世界各国の映画祭に出品され、絶賛された。前作『トトとふたりの姉』(14)で高い評価を得たアレクサンダー・ナナウ監督に、どのようにしてこの驚くべき映画がつくられたのか、話をうかがった。
今まさにルーマニア社会にとって重要な瞬間が訪れている
――まずはこの映画の製作がどのように始まったのか教えてください。
2015年に「コレクティブ」で起きた火災事故は、国家的な悲劇でした。事故のあと3日間、国中の人々が被害者を追悼しました。しかしその後、ライブハウス側や政府による事故後の対応の不備をめぐり、市民による抗議活動が始まりました。そこで私は、今まさにルーマニア社会にとって重要な瞬間が訪れている、この出来事を映画にすべきだと感じました。
とはいえ、どうやったらこれが映画になるのかはわからないままでした。やがて病院に搬送された被害者の方々が次々に亡くなっていったと判明し、この国の医療システムにこそ大きな問題があるのだとわかってきました。
政治家や医師らが医療システムを好き放題に操り、救える命も救えなかったという事実が徐々に見えてきたのです。そのとき、ここに映画のストーリーがあるかもしれないと気づきました。そうしてすでに調査に乗り出していた記者のカタリン・トロンタンに声をかけ、映画の準備を進めていきました。
女性のほうが正しいことのために戦う準備ができている
――映画は当初、新聞『ガゼタ・スポルトゥリロル』の記者トロンタンさんからの視点で物事の推移を追っていきます。それが後半になると、2016年5月から新たに保健省大臣となったヴラド・ヴォイクレスクさんの視点に変わり、物語の展開が大きく転換しますね。
映画をつくるうえでの私の関心は、この現実を理解するためにどこに行けるのか、ということでした。私の撮影スタイルは、インタビューやナレーションを使わず、常に撮影対象に寄り添いながら撮影する「観察ドキュメンタリー」です。ここではどんな人物の視点を通して観察するかが何より重要になる。最初はジャーナリストのトロンタンと共にこの事態への理解を深めていきました。
ですが内閣が総辞職し、ヴォイクレスクが保健省大臣になると知り、今度は彼の視点を借りようと決めました。ヴォイクレスクは元々患者のためのアクティビストとして働いていた人ですから、彼の視点に立てば、内側からシステムの実態を見ることができると思ったのです。
――劇中に登場する、火災の被害者となったテディ・ウルスレァヌさんの姿もとても印象的でした。重度の火傷を負ったあと、彼女は積極的にメディアの前に登場し、アートとして自らの肉体を使って表現していきます。
私たちは被害者の方々やそのご家族などいろんな人とお会いしましたが、テディ・ウルスレァヌは他の人たちとはまったく違う女性でした。その独特のパワー、何があっても挫けない強さに惹かれたのです。またこの映画には、病院側の内部告発者として多くの女性たちが登場します。真実を明かしたいと立ち上がったパワフルな女性たちを映していくうちに、ここにテディも登場すべきだと感じ始めたのです。
――たしかに、映画を見ていて告発者の多くが女性であることに驚きました。
ええ、実際に女性たちが告発者として声をあげたんです。思うに、今の社会では、女性のほうが正しいことのために戦う準備ができているんじゃないでしょうか。
2021.10.01(金)
文=月永理絵