私の周りには労働者階級の人が多いこともあって、彼らは炭鉱が閉鎖されたときの戦いなども鮮明に覚えてるんですね。「ゆりかごから墓場まで」の福祉時代の功罪を踏まえつつも、こんなにも地域のコミュニティを破壊し、個人主義の新自由主義の時代が始まったのはサッチャーからだと恨んでいる。
だから彼女が亡くなったときに『悪い魔女は死んだ』とかいうミュージカルの歌がヒットチャートの1位になり、日本では「やっぱりイギリス人は反体制でジョークが好き」という捉え方をしてましたが、あれは心底、憎悪しているし、彼女が始めた悪いものが今も続いているという感覚が庶民レベルでもあるから。
藤原 日英で評価の温度差がすごいんですね。
「エンパシーはなかった」
ブレイディ 去年BBCでサッチャーのドキュメンタリーを観ていたら、サッチャーの側近が「彼女にはシンパシーはあったけどエンパシーはなかった」と語っていたんです。新自由主義を代表する人物に「エンパシーはなかった」というのは、新自由主義という経済のあり方や思想そのもののエンパシーの欠如を象徴するようで、すべてが繋がった気がしました。
一つのテーマをいろいろな角度から徹底的に掘り下げる書き方をしたのは今回初めてだったのですが、「これ誰かが私に聞かせてくれてる?」と思うほど、関係の深いことが次々と降りてきたのには驚きました。
藤原 そういうのって神様がポトンと落としてくれるんですよね(笑)。書くことが中毒になる理由です。私の場合『分解の哲学』がそうでした。いろんなテーマをぼんやりとしか設定せず、ふと繋がるのを待ってできるだけ先延ばししながら書いていました。自分自身がビックリしたいので。
憑き物落としをするのは言葉しかない
先日、俳優の松重豊さんと対談したときに彼が言ってたのは、演技では目が驚かないと相手役も驚かないから、セリフは1回忘れると。自分から出た言葉に自分が動揺しない限り、相手はリアルに驚かないんだそうです。ブレイディさんもまた、本当にその都度驚きながら書いているから言葉が生きている。
2021.09.10(金)
文=ブレイディみかこ、藤原辰史