『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』ブレイディみかこ著
他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』ブレイディみかこ著

 そもそも多様性が進むところに分断は存在します。「私たちはこんなやり方はしない」「そんなふうには考えない」という違いが必ず出てきます。私の住んでいるイギリスのブライトンはもともと白人のミドルクラスの人たちが多い労働者階級の街だったのですが、サッチャー時代に払い下げされた元公営住宅地が手頃な価格でそれほど値上がりしないこともあり、ここ20年で大家族の移民が続々と引越しをしてきました。まさに多様性のるつぼで、階層も国籍も出身地も様々で、ともすると隣の家で話してる言語も違ったりするほど。

 だから、多様性は「認めましょう」「促進しましょう」と言う類のものではなく、「あなたが好きだろうが嫌いだろうが」既にそこにリアルにあるものです。「分断を乗り越えようよ」と言ったって、隣の家と話してる言葉すら違ったり宗教も違えば、子育てひとつとっても「私は絶対にそうしない」ということが沢山出てきます。

 

 たとえばイギリスはLGBTQ教育が進んでるので小学校からその授業があるのですが、ムスリムの住民が多いバーミンガムの学校では親御さんたちがものすごい反対をして、授業のある日は子供を学校に行かせないようボイコットをして問題になったことがあります。

 そうした様々なゴタゴタや揉めごとが起きているとき、「私たちの社会ではこうするのが当然だ」と同化を強要することは相手を支配することになってしまうし、逆に「相手の考えをあるがままに受け入れよう」みたいなのも現実的な解決策にならない。

 混沌としてる状態がもう足下にある、でもこれをなんとかしなくてはならないというときは、互いの言葉の背景を理解したうえで、話し合って落としどころを見つけるしかない――デヴィッド・グレーバーがいうところの「穏当(reasonable)であれ」というのがエンパシーの肝なのです。

©️Shu Tomioka
©️Shu Tomioka

「まあ受け入れられるよね」という方法を見つけてゆく

「reasonable」の意味は、オックスフォード英英辞書を引くと「Having sound judgement; fair and sensible」、つまり理にかなった判断力があること、公平で分別がある、そしてケンブリッジ英英辞書のほうには「goood enough but not the best」、ベストではないけれど「十分によい」状態を指すとも書いてある。

2021.07.08(木)
文=ブレイディみかこ