©️Shu Tomioka
©️Shu Tomioka

 哲学者のシュティルナーは、人間の自由を奪うあらゆる制度や思想などを「亡霊」と呼びましたが、同質性を強要する社会システムや集団心理は、まさに「亡霊」のように日本の人々を縛り付けています。そりゃ、みんな同じ宗教でみんな同じ性的指向で似たような生活習慣を持つ人たちのほうが上から管理するにはやりやすいでしょう。しかし、同質性の強い社会は、一人ひとりが自分自身を生きることを許さないから、マイノリティはもちろんマジョリティの側にだってどんどん息苦しさが溜まって、活力がなくなっていく。そこを理解しないと日本はこの先どんどん萎むし、精気を失っていくと思います。

エンパシーを学ぶさまざまなアプローチ

――そこを抜本的に解決するには、社会的な素地としてのエンパシー教育の必要性を痛感します。たとえば本書には『ロミオとジュリエット』の授業で、全員でロミオになりきって手紙を書く、その翌週にはジュリエットになりきるといった学びの事例が出てきますね。

ブレイディ エンパシー教育といっても様々ですが、ひとつは演劇的なアプローチです。ある人物を演じるということは、他者になりきって感情を発露させたり言葉を発したりする表現行為ですから、他者の内面への想像力、理解が自然と促されるでしょう。ただ先生が本を持ってきて「エンパシーとは何か」を道徳の授業のように解説するのではなく、身体性をともなった考える体験が重要です。

 

 たとえば「ルーツ・オブ・エンパシー」という“赤ん坊にエンパシーを教わる”ユニークな教育プログラムがあります。これは、教室の真ん中に緑色のブランケットを敷き、赤ん坊をそこで遊ばせて、生徒たちがブランケットのまわりに座って、言葉を喋れない赤ちゃんの行動から感情を想像してみんなで話しあうものですが、各国で取り入れられ、導入した学校ではいじめや暴力が激減しています。

「赤ちゃんは何を考えてるから泣いてるんだろうね」という問いかけに対して、「お腹が空いてるのかな?」って想像する子もいれば「あの子はきっと悲しいんじゃないかな」と考える子もいる。他者の境遇がしっかりと理解できるし、人はそれぞれ自分と違う想像をすることもわかります。

2021.07.08(木)
文=ブレイディみかこ