一時期、私が住むおしゃれではない街でおしゃれ風カフェが増えた。不思議なことに、いつどの店に行っても星野源の歌がかかっていた。何かの呪い? 星野源をかけておけば、おしゃれなの? 確かに、ふんわりとした歌声と優しいメロディは会話や作業を邪魔しない。居心地のいい空間だと錯覚を起こす。波音とかせせらぎとかさえずりとか星野源。自然界と同列のはびこり方だ。それが5~6年前の話。
そんな星野源が、先月ドラマの共演を機に人気女優・新垣結衣との結婚を発表。多彩な才能をもつ彼だが、「俳優としての暗躍っぷり」を振り返ってみようと思う。
リアルだった「あきらめの理論武装」
今でこそビッグスターだが、どうしてもぬぐえない刷り込みがある。大人計画の隅っこでニコニコしながらギターを弾いたり、飛んだり跳ねたりしていた頃、星野源といえば「童貞」だった。童顔じゃなくて童貞。大人計画での称号が尾を引き、童貞役が異常に多かったので、永遠に童貞の看板を背負うものと思っていた。
最も深く脳に刻まれたのは、映画『箱入り息子の恋』(2013年)の主役である。市役所勤めの実家暮らし、貯金が趣味で、アマガエルを飼う男・天雫健太郎35歳。
あがり症で人の目を見て話すことができず、彼女いない歴=年齢の童貞だ。アマノシズクという珍しい名字が途絶えてしまうことを危惧した両親(平泉成&森山良子)は息子のために婚活を始める。本人はコンプレックスが強く、コミュ障を自覚しており、「結婚はしない。ひとりで生きていくだけの貯えをする」と断言。
ところが、偶然出会った目の見えない女性・今井奈穂子(夏帆)と恋に落ちる。親の猛反対や命の危機、数々の壁にぶち当たりながらも愛を成就させる物語だ。
とにかくこの役は影の薄さが必須で、ただ辛気臭いだけではつとまらない。コメディだがコミカルな動きは封じ、純粋にコンプレックスの強さと内なる変化を表現。なまじ賢いがゆえの「あきらめの理論武装」はリアルで、男として値踏みされた経験をもつからこその配慮もある。星野源は徹底して地味に徹し、完璧に演じた。
2021.06.21(月)
文=吉田 潮