以前のように、自由に海外旅行ができなくなってしまいましたが、おこもり時間がたっぷりある今だからこそ、本の世界で“旅”を楽しんでみませんか。

 イギリスとスウェーデンに留学経験があり、帰国後は、京都にて本と輸入雑貨のセレクトショップ「NORR KYOTO」を営む、店主の石川瑤子さんに“旅気分を味わえる”おすすめの5冊を教えてもらいました。

独自の観察と描写で綴る
珠玉の北欧旅行記

#01
『北欧の旅』

【あらすじ】
 世界の多様な風景や風俗を描かせたら文章もスケッチも秀逸なカレル・チャペック。「NORR KYOTO」でも断トツ人気の1冊だそう。時は第二次世界大戦前、1936年のヨーロッパ。チェコ出身の著者が、北欧諸国を巡った記録で、チャペック自身による挿絵も満載。船や鉄道などで原始の面影を残す森やフィヨルドをたどり、壮大な自然と素朴な人たちの暮らしを描く。


 一世紀近い時を経ても、まったく古びない本ですね。とにかく描写が細かい! チャペックの本って、一語一句逃すまいと読むんですけど、この丹念な描写を積み重ねることで迫力が生まれている旅行記だと思います。北の蕭然とした情景をつぶさに観察し、言葉を尽くしているので、チャペックの誠実さも伝わってきます。

 私がとても影響を受けた1冊でもあります。まず原題でもある『北への旅』というタイトルの序文があって、どうして「北」なのか、ということが綴られています。そのなかの3つ目の理由として、「北への巡礼」という言葉が出てきます。

 そこに、北へ向かうこと以外の何をも目指さない、という一節があるのですが、北には白樺の木や海といった自然、白銀の冷気のしなやかで厳しい美しさがあって、私たちの精神にもその一片が宿っているといったお話なんです。

 少し哲学的でもあるのですが、私自身も北欧に留学しているときに読んで、この3つ目の理由がしっくりきたというか。北への漠然とした憧れ、北に対する想いというのが、ちょっと彼と似ていたんです。この序文に惹かれる方は私以外にもいるんじゃないかなと思います。

 彼の旅行記のイギリス編はキレがあるし、スペイン編はテンションが高くて、どれもすばらしい。そのなかで北欧は、どこか影が落ちているようで、全編、人の世への憂いが感じられるんです。

 時代的に南の方ではスペイン内戦が勃発していたときで、チャペックはそのことに心を痛めていた。人と自然の対比も感じられる奥深い本ですね。

 単純に旅行記としても鮮やかで、さまざまな角度から楽しめる1冊です。

2021.01.09(土)
文=大嶋律子(Giraffe)