目で文字を追うだけで
食欲を刺激する追体験
#05
『海と山のオムレツ』
【あらすじ】
「食べることはその土地と生きてゆくこと」だと、イタリア半島の最南端、カラブリア州の小村で生まれ育った作家カルミネ・アバーテが、食を手がかりにその半生を綴った、彼だからこそ書ける、生唾なしには読めない自伝的短編集。
短編というよりもエッセイに近いかも。作者のルーツが特殊で、6歳まで少数言語アルバレシュ語で育ってきた、アルバニア系イタリア人なんです。
幼少期にお祖母ちゃんと訪れた浜辺での具沢山オムレツの思い出にはじまり、仕事のために移り住んだドイツや北イタリアでの食事の数々……。
おすすめ理由は、出てくる料理がどれもおいしそうで、どのエピソードも味わい深いから。文字以上の力があるので、真面目にお腹が空きます(笑)。しかも私たちが想像するイタリア料理ではなく、知らない料理がほとんど。シンプルなものも多いんですけど、思い出を焼きつくすほど辛い唐辛子の料理がたっぷり登場してくるので、辛いもの好きとしては、そこもお気に入り!
人生の節目ごとに食べ物との出合いがあり、その土地、それを調理してくれた人、一緒に食した人たちの表情や情景だけでなく、アルバレシュの歴史や現状までもが浮かび上がってきます。
「越境」というのがひとつのテーマにもなっています。その土地ごとに味というものがあって、越境を繰り返すたびに、また新たな味を得る。新しい感覚も得て、その人なりの感覚みたいなのができあがる。
生まれ育ったカラブリアという一地域の郷土料理でもなく、代々受け継がれてきた伝統や複数の文化との出合いから生まれた、実り豊かなもの……。
食べ物って普遍的なものですけど、その土地の料理が個人の中で混ざり合って、その人を作っているんだと改めて感じました。
やっぱり文化や食べ物って土地を濃く映すのかもしれないですね。料理の背景には必ず人がいる。気心の知れた人たちとワイワイと食事をすることって、実は得難いことだったんだと気づきました。当たり前だったことができなかったりする今だからこそ、こういった本に惹かれますね。
石川瑤子(いしかわようこ)
大学卒業後、北欧のビンテージ専門店に勤める。その後、イギリスとスウェーデンの大学と工芸学校に留学し、北欧の地域研究を専門に、言語や歴史、工芸、文学などを学ぶ。帰国後は、それぞれの国の文化を自身で伝えるため、2017年7月に本と輸入雑貨の店NORR KYOTOをオープン。
【NORR KYOTO】
北欧、イギリス、ドイツの厳選された本と輸入雑貨のセレクトショップ。店名の「NORR(ノール)」とは、スウェーデン語で「北」を意味し、京都北山の「北」でもあるそう。現代作家の作品からビンテージの陶器、1世紀前のジュエリーまで、ここでしか出合えないものを扱う。「自分で説明できるものしか置かない」というのがモットーで、現代作家は自らコンタクトをとっている。先入観なく間口を広げるため、1880年代から現代のアイテムまで、あえてバラバラに隔てなく陳列しているのもユニーク。
電話番号 075-708-5309
定休日 不定休
http://norrkyoto.com/
2021.01.09(土)
文=大嶋律子(Giraffe)