白隠が絵と言葉の両面から伝えようとしたこと

白隠慧鶴 《すたすた坊主》 早稲田大学會津八一記念博物館蔵

 とはいっても、なかなか展覧会に適した場所やタイミングは巡って来ない。それが3年ほど前、Bunkamura ザ・ミュージアムのプロデューサーを務める木島俊介さんから日本美術展を、との打診があった。幸いなことにというか、不幸にしてというか、白隠には重要文化財指定の作品が1点もないことから、話はとんとん拍子に進み出す。

白隠慧鶴 《百寿福禄寿》 普賢寺蔵 (山口県)

 白隠の作品の魅力について多少なりとも知る者にとって、国宝どころか重文指定すら1点もないことには、今さらながら驚かされるが、室町水墨画を頂点とする美術史アカデミズムの価値観から白隠が遙かに離れていること、また作品点数が飛び抜けて多く、寺や個人が所蔵しているために、調査や展覧会出品が難しいこと、そして画に付された賛が難解で、美術史研究者には歯が立たないことなどが、白隠の評価の低さにつながっていたという。

 今回の展覧会では、現在まで残っているものだけで約1万点、生涯に数万点を描いたと考えられている白隠の禅画・墨跡の中から、達磨、観音・菩薩、神祇、布袋、福神などのテーマごとに選び抜いた名作、大作約100点を展示。広く民衆に描き与えた白隠の絵は、予備知識がなくとも「見れば分かる」のが大きな魅力のひとつだが、多くは絵と言葉を対にした画賛形式で構成されている。その賛が、古今の和歌、中世の歌謡や謡曲、同時代の流行歌やPRソングまで採り入れた、ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』のごときハイブリッドテキストらしい。そこに芳澤さんの読み解きによる解説を付すことで、絵と言葉の両面から白隠が伝えようとしたメッセージが、観客へダイレクトに届く仕掛けだ。

 見て、感じ、読んで、理解する。時代も性別も年齢も軽々と超え、見るものの心に直接語りかける、白隠禅画の魅力をぜひ味わってほしい。

白隠慧鶴 《隻手》 久松真一記念館蔵

白隠展 HAKUIN 禅画に込めたメッセージ
会場 Bunkamura ザ・ミュージアム
会期 12月22日~2013年2月24日
休館日 2013年1月1日
開館時間 10:00~19:00(入館は18:30まで)、金・土は21:00まで(入館は20:30まで)
料金 一般1400円
問い合わせ先 03-5777-8600(ハローダイヤル)

橋本麻里(はしもと まり)
日本美術を主な領域とするライター、エディター。明治学院大学非常勤講師(日本美術史)。近著に幻冬舎新書『日本の国宝100』。共著に『恋する春画』(とんぼの本、新潮社)。

Column

橋本麻里の「この美術展を見逃すな!」

古今東西の仏像、茶道具から、油絵、写真、マンガまで。ライターの橋本麻里さんが女子的目線で選んだ必見の美術展を愛情いっぱいで紹介します。 「なるほど、そういうことだったのか!」「面白い!」と行きたくなること請け合いです。

2012.12.29(土)